SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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サマサマ号でゆく、ウェストティモールの旅 Vol2 これぞ究極の波乗り旅

T-land、素晴らしい波でした!

T-land、素晴らしい波でした!


1969年、ある冒険心旺盛なオーストラリア人が地図を片手にバックパックとサーフボードを担いでインドネシア最南端の島ロテを訪れたことでこの島のサーフィンの歴史の1ページが開かれた。
当時、白人を見たことがなかった村の子どもたちはその姿に驚愕し、逃げまどったという記述が残されている。
それから47年が経った。
村にはアスファルトの道が敷かれ、サーフスポットに面する沿岸にはリゾートが立ち並んでいる。
サーファーが波を求める力には辺ぴな片田舎の村を一変させてしまう力がある。
こんな風にして世界中の辺境地のサーフスポットは切り開かれてきたのだろう。

で、旅は続いている。(前回はこちら
二日目の早朝、我々サマサマ号は予定通りロテ島沿岸にやってきた。
前夜きっちり深酒したとはいえ、おじさんたちの朝はすこぶる早い。
夜が明けきる前から一人、また一人と寝床から這い上がってくる。
辺りが薄暗いうちから笑い声が船に響く。
おじさんたちは朝が強い。
笑い声に呼応するようにまた一人また一人と共有スペースである食卓に集まってくる。
寝巻きのままポットに用意されたコーヒーをすする。
カフェインの苦味がアルコールにまみれたボンヤリとした脳みそを少しずつ元に戻してくれる。
さあ、いよいよ今日からサーフィンだ。

甲板に上がるとロテのメインスポットであるT-Landのブレイクが視界に入ってきた。
波は十分にありそうだ。
クオリティも良さそう。
でもその分、20人ほどのサーファーたちがラインナップで波を待ち構えていた。
よく考えてみると昨年から参加させてもらっているサマサマ号のトリップでここまで多くのサーファーを目にするのは初めてだった。
T-landの沿岸にはリゾートやロスメンが立ち並んでしまっているので仕方がないことだろう。
どうやらここに来るのが10年遅かったようだ。
貸切パーフェクトウェーブが至上命題のボートトリップにおいて、他のサーファーに混じるのはどうも今一つテンションが上がってこない。
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サマサマ号でゆく、ウェストティモールの旅 Vol1 西東南島??

サマサマ号に乗り込むヨロコビの時

サマサマ号に乗り込むヨロコビの時


混載型波乗船に乗る前は少しだけナーバスな気分になる。
見ず知らずの人たちと寝食をともにするというのはやはり少々の不安を覚える。
元来100%混じり気なしで人見知りなどしない性質のボクなのであるが、やはり稀に苦手な人が現れることもある。
めちゃめちゃ絡み酒の人がいたらどうしよう。
赤ら顔で、おー飲め飲め、いいから飲め、ん?俺の酒が飲めねえのか、ん?みたいな人とか。
攻撃的かつ独断的かつ自己中心的なんて人がいたら気疲れでゲッソリしてしまう。
さらに、夜中に突然叫びだすような狂人がいたら・・・ 叫び返してやるかっ、いや、危なさそうだからやめておこう。
とまあ、広い世間にはボクなんかの想定を遥かに超えてくる人なんてウヨウヨいるはずだ。
このように船という限られたスペースの中で数日間を過ごすとなると『波』以前に『人』が最重要課題となってくるのだ。

バリの国内線搭乗口に日本からやってきたメンバーが待機しているという連絡が入った。
今回の旅は日本からバリを経由し、インドネシア東部のウェストティモールのクパンへと向かう。
クパンの港から我らがサマサマ号に乗船し、波を求めてインド洋を航海する予定となっている。

出発の寸前まで仕事に追われていたボクはやや遅れ気味でバリ島デンパサール空港に滑り込んだ。
今回は波伝説の加藤さん、都会派ちょいワルサーファーヒデさん、横須賀釣り連合総長ショーゴさん、以外は初顔合わせとなる。
ご対面の瞬間が近づく。
この瞬間がこの旅の運命を決めるといっても過言ではない。
43年間培ってきたレーダーはかなりの精度でファーストコンタクトで危険人物を判別できるようになっている。
たのむぞ、祈るような思いで視界の端で捉えた旅のクルーと思しき色黒一団へと近づいていった。

「はじめましてっ、有本ですっ、よろしくお願いします!」
頭を下げつつ一人一人に挨拶した。
どうだ、レーダー?
危険人物はいるのか?
・・・
ん〜、これは大丈夫そう。
というか、相当にいい、かなりいい感じ。
メンバーのポジティブなエネルギーを感じ取ったボクは急激にワクワクしながらこの旅を迎えることができたのだった。
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ベビ子物語vol 56  〜中年おじさん、深夜にモホホと含み笑い〜

少しずつ背中が遠くに・・・

少しずつ背中が遠くに・・・


なんだかんだと旅ばかり繰り返しているうちにお父さんとしての存在感と頭頂部周辺がすっかり薄れてしまっている今日この頃。
たまに家に帰ったところで以前のようにわかりやすくテンションを上げてこないベビ子を目の前に愕然と立ち尽くすボク。

どうした? オトーが帰ってきても嬉しくないのか?
どうかテレビから目を離してオトーのほうを向いてくれ。
その可愛らしいぷっくりとした笑顔をボクに向けておくれ。

そんな悲痛なる胸の内の叫びなど届くはずもなく、娘はテレビに釘付けとなっているのだった。

そんな絶望の淵に立たされているボクに、ちょっとしたうれしい出来事があった。
先日のボートトリップの写真をベビ子と2人で見ているときのこと。
突然ベビ子がこんなことを言い出した。
「オトーと一緒にボートトリップ行きたい」
「え? ほんと?」
「行ってもいい?」
「いいよいいよ、もちろんいいよ。大きくなったら行こうね」
「やだっ。今いくーーー」

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素敵なローカリズム

いつも陽気なKick隊長と

いつも陽気なKick隊長と


大型連休最後の2日間、旅からバリに戻ったボクは日本から遊びにきていた友人に付き合っていつものスポットにパドルアウトした。
しかしピーク周辺は想像以上に混雑を極めていた。
いつでもバリでサーフィンができる、という立場のボクにまわってくる波は皆無で、いつもなら「ケイ,Go Go」と波を譲ってくれるロコサーファーたちも自分たちのお客さんを波に乗せることで精一杯の様子だった。
ポイントが混雑すればトラブルが多発し、揉め事なんかも生まれる。
そんなところにねじ曲がったローカリズムなんかが絡み合ってしまうともうどうにも収集がつかなくなってしまう。

さっきの波は俺の波だった、だとか、いやいや前乗りしたのはお前のほうだ、だとか。
お前はどこから来たんだ?
俺はここの者だ。
俺もここの者だ。
何丁目だ?
3丁目だ。
俺の家のほうが海に近い!
うちはひい爺ちゃんの時代からここに住んでいる。

もういったいなんの争いだ?
途中からワケがわからなくなり、グジャグジャのドロンドロンな状態になってしまったりするのだ。

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サマサマ号でゆく北マルクボートトリップ vol3 さあ、波はいかに!?

我らがサマサマ号

我らがサマサマ号


ボートトリップとはある意味究極のサーフトリップの形といってもいい。
何しろ船に乗ってさえしまえば、キャプテンがスウェルと風を見ながらポイントをチョイスしてそこまで船を動かしてくれる。
船に乗っているだけでポイントの横までたどり着いてしまう。
移動中は海を眺めながらボーッとしていればいい。
酒を喰らってもいいし、仲間たちと馬鹿話に花を咲かせてもいい。
読書にふけっていてもいいし、人生についてあれこれと思いを巡らせてもいい。
ポイントを探す苦労なんてものは一切ないわけで、サーフィンにフォーカスすることができる。
サーファーにとっては最高に贅沢な旅なのである。
そんなことを理解できるはずもない我がド天然嫁に言わせると、「よく船になんて1週間も乗ってられるよね。私だったらお金をもらっても絶対嫌だわ」となってしまうのであるが、所詮サーファーでないとわからない世界なのだ。
とにかくまあそんなわけで港を出港したサマサマ号はゆったりとポイントへと向けて動き始めたのであった。

北マルク、インドネシア人からいわせると『マルクゥ〜』なのであるが、インドネシアのくせに太平洋に面している。
インドネシアといえばインド洋というイメージが強いのであるが、実は太平洋に面している場所がある。
そんなマニアックな場所をサマサマ号はジワジワとポイントへの距離を詰めていく。
今回はどんな波と出会えるのだろう。
ボートトリップでは最初のポイントに着く前というのが胸がズキズキ痛むほどワクワクしてしまう。
いい年したオッサンがワクワクするなんて少々見栄えが悪いのであるがこればっかりは仕方ない。
ワクワクしちゃうもんはしちゃうのだ。
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海は誰のもの?

海は、波は誰のものでしょうか?

海は、波は誰のものでしょうか?


海は誰のものだろう。
波は一体誰のものだ?
果たしてビーチは誰かのものなのだろうか。
みんなのもの?
ボクはこう思う。
海やビーチは誰かのものであったりしない。
ましてやみんなのものでもない。
海は海であり、波は波である。
人間が所有できるようなものではない。
なぜならそれは偉大なる自然そのものだからだ。
人間はあくまでもその自然の一部であって、本質的にはそれを所有したり支配下にすることなどできるはずもない。

先日、サーフィンをしていてこんな光景に出くわした。
「出て行け! 上がれよ! 2度とここに来るんじゃねえ!!」
とあるサーファーが鬼の形相で怒鳴りちらしていた。
原因は些細なことだったと思う。
怒鳴っていたサーファーが乗ろうとした波にパドルしてしまった。
前乗りしたわけでもない。
決して褒められるような行為とは言えないが、そこまでする必要があるのか?とボクは思ってしまった。
まあ、当人同士にしかわからない他に何かがあったのかもしれない。
しかしたとえ何があったにしても「2度と来るな」なんてことを言う権利は誰にもないはずだ。
だってそこの海はその怒鳴っていたサーファーの持ち物では決してないのだから。
>> 次のページ >> 自然を尊ぶ気持ちは他者にも通ずる

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日本在住外国人サーファーが抱いた日本の印象

雨季もなんのその、今年のウェストサイド。

雨季もなんのその、今年のウェストサイド。


今年のバリ島は雨季にも関わらずウェストサイドでサーフィンを楽しめることが多かった。
例年であれば2〜3ヶ月オンショアが吹き続けるのであるが今年に限ってはほとんど吹かなかったのだ。
これも異常気象なのだろうか。
エルニーニョが影響しているという説もあるが真相はわからない。

つい先日もウェストサイドのエアポートリーフで波乗りを楽しむことができた。
その日は快晴でサーファーの姿も決して多くなかった。
波のサイズは肩からオーバーヘッド。
ほぼ無風のパーフェクトなコンディションだった。
そのセッションでは『彼女』を除いて全員が男だったこともあり、彼女の存在感は際立っていた。
真っ赤なビキニも良く似合っていたし、少し怖がりながら波に乗っている姿もなんだか愛らしかった。

「どこから来たの?」
ゲッティングアウトするタイミングが重なった時に自然に声をかけた。
あ、ナンパのエピソードを自慢しているわけではない。
なんとなく目が合って、そういう流れになったにすぎない、と言い訳しておこう。

「ニュージーランドよ」
彼女は笑顔で答えてくれた。
「ボクは日本から」
軽く自己紹介。
「私、日本大好きよ」
「え?なんで?」
自分のことを好きと言われているようでドギマギしてしまった。
「なんで? ・・・ えーと、私今日本に住んでいるのよ」

ほお、このニュージーランドからやってきた娘さん、日本に住んでいるという。
これはまさにチャーンス。
ん?
なんのチャンスだ?
この場ではそんな下心はなかった、という正しいサーファーの姿を装うことする。

>> 次のページは >> 日本人サーファーとして複雑な思いが・・・

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常夏ではどこに記憶がひもづくのか?

今日ももちろん『夏』なバリ島

今日ももちろん『夏』なバリ島


日本ではちらほらと桜が咲き始めているようだ。
桜の季節。
目を瞑る。
胸が締め付けられていく。
ボクは学ランを身にまとい、校庭で朝礼に出ている。 
この後に控えるクラス替えで好きな女の子と同じクラスになれるかどうかの一世一代の大勝負が待っている。
この一年を左右する一大イベントだ。
元の教室に入り、クラス替えのプリントが配られるのを浮つく心を抑えて待ち構える。
プリントがまわってくる。
ア行で自分の名前を探す。
これは案外すぐにみつかる。
有本。
あ、2組か。
そしてあの子の名前は・・・
あ〜〜〜。
今年もダメだったか〜。
え〜と、2番目にお気に入りのあの子は・・・
あ〜〜〜〜。
こっちもだめ?
たいがいこういった恋愛運的なものには見放され気味だったボクは毎年この季節に肩を落とすというのが恒例となっていたのだ。
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告白

2016年3月11日

2016年3月11日


3月11日。
特別な思いを抱きながら5回目のこの日を迎えた。
この日の出来事は我々多くの日本人に大きな影響を与えた。
この日を境に人生を変えていった人たちは少なくないだろう。
そして実はこのボクにとってもこの日の出来事がその後の進路に大きな影響を与えていたのだ。

2011年3月11日。
ボクは湘南の海岸線ルート134号線を辻堂から逗子に向かって走っていた。
ちょうど大崎の岬を越えたあたりで海の異変に気がついた。
海の動きになんだか普段と違う何かを感じたのだ。
と、同時に強い揺れを感じたのでラジオをつけてみた。
すると・・・

それからの1ヶ月はすべての仕事がストップし、生活のすべては震災に向けられた。

身ごもっている妻を関西に避難させた。
冬の停電も経験した。
被災地にも出向いた。
たくさんの悲しみに触れた。
絶望に触れた。
怒りにも触れた。

ボクは目の当たりにしたとてつもない自然の威力の前に、そのまま平然と生きていくことができなくなってしまった。
人生についてもう一度考え直さなくてはならなくなったのだ。
そしてそれは今まで経験したことのないくらい深淵なるものになっていった。
理由は明らかだった。
『死』というものをすぐ近くに感じてしまったのだから。
そして、そのときの気づきや学びはその後の人生を加速させることになったのだ。

死はいつでも隣合わせ。
人生に『まさか』はある。
だからこそ生きている『今』というこの時を大切に生きようと。

ボクはかねてからの夢であった海外生活を家族とともにすることを決断した。
「いつかは海外で」を「いついつから海外で」にシフトチェンジしたのだ。
そして最初に頭に浮かんできた移住先がバリ島だった。
波があって、常夏で、ちゃんと子育てができる場所、という条件に当てはまる数少ない候補地の一つだった。
単身1ヶ月半、リサーチと称してどっぷりバリ島の魅力にとりつかれ、そして現実的に暮らせることを確認した。
そして今、ボクは上半身裸でうっすら汗をかきながらバリ島の自宅のデスクでパソコンと向き合いながらそのときの決断が間違っていなかったことをしみじみと実感しているのだ。

あの日、あの時起きたことは悲しみでしかない。
しかし、起きたことをきっかけにどのように生きていくかは我々自身に委ねられている。
ボクはこのときの決断の結末がいつもハッピーエンドになるように、残された『生』を精一杯生きていこうと思うのだ。

黙祷

有本圭

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不思議な感覚が

ニュピの朝、何気なく撮った写真に不思議な光の筋が

ニュピの朝、何気なく撮った写真に不思議な光の筋が


お正月。
気持ちを新たにする神聖な日である。
365分の1とは言い難い特別な日なのである。

お正月は通常一年に一度だけやってくる日なのであるが、バリで暮らし始めたことで二度味わうことができるようになった。
これはバリに住んでみて良かったと思えることベスト3に堂々ランクインする出来事なのである。

1月1日には何かといろいろ目標を立ててみたり、決意してみたりする日だ。
鼻息荒く「よーしっ」なんて具合に気合が入ったりしてしまう。
しかし、2ヶ月も過ぎてしまうとそんなこともすっかり忘れて元の怠惰な生活に戻っていたりするのが世の常である。
そんな倦怠期真っ只中の昨日、絶妙なタイミングでやってきたのがバリ島サカ暦のお正月『ニュピ』なのである。

ニュピはバリ人にとって特別な一日だ。
どれくらい特別かというと、この日は終日外出、灯火が禁じられている。
車が走るようなこともない。
バイクだってそうだ。
飛行機だって飛ばない。
街は完全に静まりかえる。
排気ガスは消え、混じり気のない空気が蘇る。
騒音も消え、鳥のさえずりと波の音だけが耳をかすめる。
心静かに穏やかに過ごすのがニュピという日なのである。

この日を避けてバリ島から脱出する人も少なくない。
考えようによっては窮屈なのかもしれないな。
しかしボクはこのニュピという日が大変気に入っている。
だってそうでしょ。
何もしなくてもいい一日。
終日家族が共に過ごせる日。
何かと忙しいこのご時世でそんなことができるのはこの日くらいなものなのだ。

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