SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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バリ島爆破予告・・・

平和を感じるこの島で・・・

平和を感じるこの島で・・・

「我々はすでにバリにいる。この街を吹き飛ばす準備はできている」

ISが出したといわれている声明文だ。

しかし今のところこの声明がイタズラである可能性も否定できないそうだ。
犯行後に声明を出すのはわかるのだが、犯行予告のようなバカな真似をするのだろうか。
ルパン三世でもあるまいし、わざと警戒を強めさせてその網をかいくぐって犯行に及ぶなんてことがあるのだろうか。
まったく理解に苦しむところだ。

事実はどうであれとにかくとんでもないことをしてくれた。
観光業で成り立つこの島にとってはこのような声明が出されただけでも大打撃を受けることになる。
もちろんそれを理解した上でこのようなことがされたのであろうが。

至る所で平和を感じるバリ島。
この島で無差別テロを起こそうとしている人たちがいる。
まったく違う価値観の中で生きている人たちがこの地球上に存在しているという紛れもない事実を再認識することになってしまった。

地球が愛と平和に満ち溢れた星になるにはどうすればいいのだろうか。
どうして悲しみの連鎖を止めることができないのだろうか。
ボクはただただ途方に暮れてしまっている。

(有本圭)
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結局は自分

無人のライテンダー!

無人のライテンダー!


2016年1月1日を境になぜだか全てが変わってしまった。
気のせいかもしれないがそんな風に感じた。
いや、もしかすると自分がそうしたいと望んでいたのかもしれない。
嫌な流れを断ち切りたいと。
そんな思いからか、「今年はいいスタートだな〜」と何度呟いたことだろう。
なんだか冬から一気に春へと季節が移ろいだような気分になっていたのだ。

この流れの発端は12月31日であった。
終わり方が最高のだったのだ。
その前週まで降り続けていた雨が上がり、いつもより少し高めの青空が広がっていた。
数週間続いていたオンショアも嘘のように止まっていた。
時間帯がズレたのだろうか。
他のサーファーの姿はまばらであった。
セットでアタマからアタマ半くらいの程よくパワーのある素晴らしい波が間断なく押し寄せていた。
そんな中、ボクは幸せを感じながら乗り納めをすることができたのだ。
「終わりよければ全てよし」そんな言葉が自然と頭に浮かんでいたのだった。
>> 次のページ >> 2016年最初の教訓が生まれた

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2段階方式で迎えた2016年

大晦日のサンセットは美しかった

大晦日のサンセットは美しかった


2016年が始まった。
ボクにとっての日本の正しい年の越し方とは除夜の鐘に耳を澄ましながら厳かな気持ちで迎えるというものだ。
ひとたび日付変更線を越えたあとに友人知人などに出くわしてしまうと、正しく腰を折りながら「明けましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいいたします」などと、普段は下ネタしか話していないくせに急にかしこまったりしてしまう。
それがお正月というものだ。

ボクの暮らすバリ島のお正月は日本とは対極的だ。
花火と爆竹で盛大にテンションを上げつつ年越しを迎える。
もう血液はアルコールまみれで、なんだかもーよくわかんないけどたのしーーー、的なテンションで新年を迎えるのがバリのスタイルなのである。
彼らにとってのニューイヤーとはまったく重みのないただのフェスティバルみたいなものだ。
民族的に陽気だからね、ということではなく、彼らは違う暦の中で生きている人たちなので彼らにとってのニューイヤーに当たる日は他にあるのだ。

ボクは昨年、バリ式ニューイヤーを存分に楽しんだ。
もう楽しくてしゃべりまくり、元旦の日には声が半分つぶれていた。
そしてもちろん二日酔い。
元旦からひどい二日酔いだったのだ。

どんなにバリの生活に染まり、ノリもバリニーズ化してしまい、ロコ達からは「ケイはジャバリニーズだな、はははw」なんてからかわれていたとしても、やはり身も心はしんみり日本人だ。
一口目のお味噌汁を口にすると思わず「あ〜〜〜〜」と声が出てしまうし、納豆をぐるぐる回しているときに幸せの意味を知ったりする。
やはり1年の始まりは日本式で厳かに正しく迎えるスタイルがしっくりくるのだ。

というわけで今年は家で家族とともに年越しを迎えることにしてみた。
バリ島ではNHKが映るので『紅白歌合戦』も『ゆく年くる年』もみることができる。
この2番組を流していると否が応でも年越し気分が高まってくる。

除夜の鐘の音がテレビから流れる。
年越し。
2016年はいったいどのような一年になるのでしょうか、的なコメントがされている。
いい一年であってほしい。
自分にとっても、世間にとっても。
ああ、始まったんだな、また新しい一年が。
そんなふうにして気持ちを清らかに新年を迎えた。
はずだった・・・

>> 次のページ >> 戦いの危機。平和に新年を迎えるために・・・

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2015年、苦しみの向こう側

2015年も沢山いい波に乗らせてもらいました

2015年も沢山いい波に乗らせてもらいました


やはり年末ともなると何かと一年を振り返ってしまう。
ボクのような自由気ままな自由人は毎年毎年全く違ったことをしていたりするので、たまにはしっかりと立ち止まって自分を見つめ直すという時間が必要だったりする。
そうでないと軸が激しくブレて風船おじさんのごとくどこかにフワフワと飛んでいってしまう恐れが否めないのである。
そういう意味ではボクにとって年末年始という時間は一年を振り返り、決意を新たにする大切な時間なのである。

2015年は全体的に苦しみの一年であった。
どちらかというと思い通りにコトが進まずに停滞もしくは後退の一年だったという印象が濃い。
そんな2015年であったが、年末恒例の一年の棚卸しを行うことにした。
一年の棚卸しとは今年一年のダメだったこと、良かったことを箇条書きにどんどん書き出してみる作業なのである。

ダメだったことは明らかにあった。
「これ、もう立ち上がれないんじゃない?」と絶望してしまうほどの大きな挫折を経験したのだ。
そんな大きな挫折も含めて、大小様々なダメだったアレコレがあった。
いわば自分に対するダメ出しだ。
自分にダメを出すってのはなかなか苦しいことだ。
できればダメな部分からは目をそらし、蓋をしめ、なかったことにしたいというのがホンネだ。
しかし一年に一回だけ心を鬼にしてけちょんけちょんにダメ出しをするのである。
この時点で立ち上がれないほどの精神的ダメージを受けることになる。
薄暗い部屋で、一人体育座りをしながら「おれ、だめかも」と呟く。
そんな心境なのである。

で、気をとりなおして良かったことに入っていく。
良かったことなんてあったっけ?
そんな思いだった。
しかし書き出してみると意外と出てくる出てくる。
良かったこと、案外あるではないか。
今の時点では結果に表れていないが、大きな可能性の種を沢山蒔いていたことに気がついた。
ダメだ、アカンっ、と嘆き続け一年であったが、実は先につながりそうな活動を沢山していたのだ。
>> 次のページは >> 苦しみの先に見えたものとは・・・

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梅雨入りならぬ雨季いりのバリ島

どんより雨季のバリ島

どんより雨季のバリ島


師匠も走っちゃうほど忙しい師走。
仕事はもちろんのこと、忘年会やクリスマスパーティなどで深夜まで予定がびっしりなんて方も少なくないだろう。
で、ここバリ島であるがまず常夏という時点でクリスマス気分や年末気分がまったく盛り上がってこない。
宗教的にもクリスマスはほとんど盛り上がらず、ショッピングセンターにクリスマスツリーがポツンと1本飾られている程度で街はまったくクリスマスモードにはなっていないのだ。
ヒンドゥ教の島なので致し方ないだろう。

で、話は一気に変わるのだが、バリ島はここ数日で一気に梅雨入りならぬ雨季入りした。
エリアによっては床上浸水するほど激しい雨が降っている。
日本の梅雨のように一日中シトシトジトジトしつこく降るようなことはないのだが、ドバーっと一気に降りサッとやんで晴天になるというのがこちらのスタイルなのだ。
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ダメ人間が生きぬく術

久しぶりのサーフィンで

久しぶりのサーフィンで


ド天然嫁の目から見ても最近のボクはストレスが溜まっているように映ったのだろうか。
そういえばここ2週間ほど原因不明の咳が止まらないし、背中にはこれまた原因不明のジンマシンなどができている。
自分的にはストレスが溜まっていないように装っているのだが、知ぬ間に溜まっていたのかもしれない。
「ねえ、最近サーフィンしてないんじゃない? サーフィンしてきたら」
と結婚以来初めての衝撃発言がド天然嫁の口から飛び出してきた。
これまで「サーフィンばっかしてないでさ」と小言を言われることはあっても、サーフィンを勧められたことは未だかつて一度もなかったのだ。
そんな珍しいことを言われるとかえって自分で自分が心配になってしまった。
正直に告白してしまうとボクは非常にストレスに弱い体質なので、ちょっとしたストレスにも体調に異変を引き起こしてしまう。
裏を返すと『ストレスに弱い』ということがある意味今のボクのライフスタイルを築きあげているのかもしれないと思ったりもするのだ。
ま、築きあげたというほどのものではないのであるが。

もしボクがストレスに強かったら・・・
もしかすると20代に勤めていたアパレル会社で今頃役員なんかに登りつめて偉そうにしていたかもしれない。
30代の頃に展開していた店舗を全国に拡大していたかもしれない。
でもボクにはそれができなかった。
なぜならストレスに弱いから。
ダメなんです。
ストレスがあると。
それで結局サケのごとくサーフィン中心の生活に戻っていき、精神と体の健康を取り戻していったという経緯をたどったわけなのである。
>> 次のページは >> ダメ人間が生きぬく術とは

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『今』を生きよう!

空から人間界を見下ろすと・・・

空から人間界を見下ろすと・・・


ここのところ仕事の関係でインドネシア国内をあちこちと飛びまくっている。
多い時で週に2〜3回。
もはや飛行機は特別な乗り物ではなくなってしまった。
おかげでまったく日本に帰れないハメになっているのだ。

空からボクらが住む人間の世界を見下ろすのが日課となっている。
空から眺めると渋滞の群れをなす車はアリンコの行列のように見える。
広い陸になぜかギュッと密集して暮らしている。
豆粒のような家に暮らし、豆粒のような悩みや問題を抱えたりしているのだろうか。
なんてちっぽけな、月並みながらそんなことを思ってしまうのだ。
>> 次のページ >> 大きな悩みや問題なんて所詮は・・・

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サーフィンというサーフィンが?

サーフィンはスポーツでいいのか?

サーフィンはスポーツでいいのか?


サーフィン誌のライターをやらせてもらっている。
自分がプロサーファーとして雑誌の被写体をしていたころにアルバイト感覚で記事を書かせてもらったことがきっかけとなっている。
人生とはまったくどこでどうなるかわからないものだ。

で、毎年年末は原稿の締め切りとタタカッテいるわけなのだが、いつも筆が止まってしまう一文がある。
前後の文脈で『サーフィンというスポーツが』と書きたい場面でいつも違和感を感じてしまう。
サーフィンをスポーツとしてしまっていいのだろうか。
『サーフィンというカルチャーが』というのもアリなのだが、それはそれでしっくりこない。
カルチャー的側面もあるのだが、波に乗っている瞬間をカルチャーとひとくくりにしてしまうのもなんだかそれはそれでどうなんだろう。
『サーフィンというライフスタイルが』でもいいのだが、そこまで昇華している人もいればそうでもない人もいる。
となると消去法で『サーフィンというスポーツが』が最終候補として残ってしまうのだがそれでもやっぱりなんだか収まりが悪い。

で、結論的には、サーフィンはサーフィンであって、どこのカテゴリーにも入らいないということで自分を納得させる。
でも『サーフィンというサーフィンが』と書くこともできず、いつもこの一文で固まってしまうのであった。

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バリ島生活も4年目に

バリ島

バリ島


早いものでバリ島生活も4年目に突入した。
まあとりあえず2年はバリで暮らしてみようよ、ダメなら日本に帰ればいいんだしさ、と始まったバリ生活。

言葉では言い尽くせないくらい色々なことがあった。
文化の違いに戸惑うこともあった。
体に染み付いている日本の常識なんてものがまったく通用しないことを思い知った。
誤解され、後ろ指差されることもあった。
でも、その分、たくさんのことを学ぶことができた。
ほんの少しだけ人間的に成長できた。

いまでもときどき、なんで俺はバリにいるんだろう、と思うことがある。
なんでこんな苦しい思いまでしてここにいるんだろう。
正直そう思う。
暮らすことにいちいち許可を取らなくてはならない。
いろんな書類を作らなくてはならない。
お金だってかかる。
あたりまえのように暮らして自由に仕事することだってできない。
家だって買えないし、年金だってもらえない。
なんの保証もない。
ここでは紛れもなく外国人だ。
不自由なこと極まりない。
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だからこれからもサーファーであり続ける。

サーフィンをしていると自然と笑顔になれる

サーフィンをしていると自然と笑顔になれる


いろいろとある。
生きていればいろいろなことが起こる。
これまでもいろいろとあった。
でもどんなときでも自分を裏切らないものがあった。
それがサーフィンだった。

これまでも多くの困難に直面した。
そのたびにサーフィンがボクを救ってくれた。
サーフィンだけは失うことがなかった。
サーフィンだけは裏切ることはなかった。
どんなに気分が重くてもサーフィンをすれば心が晴れていった。
だからこれからもずっとサーファーであり続ける。

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