SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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Blue. ギリ『生命の歌に包まれて』

生命の歌に包まれて 

生命の歌に包まれて 


2013年10月下旬。
雑誌『Blue.』の撮影クルーはバリ島に集結した。
今回の目的は『ギリ』という未だサーフィン誌に取り上げられたことのない新たなるディスティネーションを紹介する取材のためにサーフィンバカたちが集まったのだ。

ギリとはバリ島から高速船を使って3時間ほどの場所に浮かぶ3島からなる群島だ。
トラワガン、メノウ、アイルのギリ3島では世界でも稀な法律が存在している。
それは、

『ガソリン動力全面禁止』

という厳格なルールなのだ。

つまり、ギリでは車やバイクなどは一切存在していない。
これは、排気ガスによる大気汚染が一切ないということを意味しているのだ。

ギリのサンセットはこの世のものとは思えぬほど美しい。
夜になると満点の星空だ。
まさにプラレタリウム状態。
そしてサーファーにとって何よりうれしいことは、この3島各々にサーフスポットが存在していることだ。
>> 次のページは >> 気になるギリの波は??

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新会社設立直後に襲った最大の悲劇

まさしと立ち上げた新会社だったが・・・

まさしと立ち上げた新会社だったが・・・


2011年3月1日。
ボクは会社倒産の危機をなんとかギリギリで乗り越え、まさしと新たなる会社を設立した。(前回はこちら
暗黒の冬の時代から、ようやく希望の春を迎えようとしていた。
運も向き始めていた。
新会社の設立を待っていたかのように売上の見込みも立ち、順風満帆の滑り出しのようにみえた。
しかし、事態はそう簡単には運ばなかった。

会社設立から11日後。
そう、2011年3月11日。
まだ記憶にも新しい『東日本大震災』が東北から関東地方を襲った。(震災当日の様子はこちら
東北から北関東の沿岸では巨大大津波が多くの人命を飲み込み、未曾有の大災害となった。
この大災害はボクらにとって対岸の火事ではなかった。
パートナーであるまさしの実家が宮城県の沿岸にあり、震災当初からまさしの両親との連絡が途絶えてしまっていたのだ。

まさしは心労と不安に押しつぶされそうになっていた。
事務所には顔を出していたが、とても仕事になるような状況ではなかった。
そして、強張った表情で意を決したように、

「会社設立したばっかりで申し訳ないんけど、今まで計画していた通りに会社を続行することはできないかもしれない。もし両親が見つかったとしても、故郷のこの状況を放っておけない。会社のことは一旦白紙に戻してほしいんだ」

とボクに告げたのだ。

ボクは衝撃を受けた。
でも両親との安否が取れず故郷が大変な状況の中で、今まで通りに仕事を続行することができない、という思いは当然なのかもしれなかった。
しかもまだ始めたばかりの会社だ。
後戻りはいくらでもできる。
そのタイミングであれば全てを白紙にすることはさほど難しいことではなかった。

希望に満ちあふれた新会社の船出。
まさしと話し合って、様々な計画があった。
順調な滑り出しと思えた矢先の出来事。
でも自分の力ではどうすることもできない事態だった。
自分の不運を呪うしかなかった。

しかしそのとき、まさしはボクとは比べものにならない不安な日々を送っていたはずだった。
会社どころではないのは当たり前だ。
何しろ、両親や親戚、友人や知人の安否が確認できない状況だったのだ。
想像を絶する精神状態に陥っているだろうことは容易に想像できた。
>> 次のページは >> この状況で下した決断とは?

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スーパーロコセッション

ロコサーファー、大集結!

ロコサーファー、大集結!


こんなにロコサーファーが集まることがいまだかつてあったのだろうか。
きっとあったのだろうが、ボクがその場に居合わせたのは初めてだった。

昨日の夕方、サヌールのビーチブレイクは素晴らしい波がブレイクしていた。
サイズは程よく、ソリットなブレイクだった。
理想的なスウェルが入り、インサイドはチューブセクションになっていた。
典型的なリバーマウスのブレイクで、パワーのあるいい波だった。

しかし、このポイントになんと5、60人のロコたちが大集結していたのだ。
ボクを除いては全員ロコ。
外国人は誰1人いない状況。
「おいおい、こんなところ入っていいの?」
と友人であるMiki Mosolに聞くと、
「ダイジョーブよ」
といったが、どうも返事が軽い。
もう心は海の中に入ってしまっているようだったので、アテにはならんな、と思いつつもとりあえずは入ってみることにしてみた。
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スマホ無し生活のすすめ

シンプル携帯とPCという布陣

シンプル携帯とPCという布陣


最近日本ではスマホを手放し、ガラケーが見直されてきている、という流れがあるという記事を目にした。
理由はいろいろなのだろうが、ネット疲れが一つの要因なのではないだろうか。

スマホは常にネット社会につながれる便利なアイテムだ。
しかし、実際我々が生きているのは現実社会であり、バーチャルの世界ではない。
常にネットにつながっていないと不安になってしまうのは、『ネット中毒』といっていいと思う。

かくいうこのボクもネット社会住民だ。
ネットがなければ仕事はおろか、日本に残している家族や友人との連絡もおぼつかくなってしまう。
ネットはボクにとって非常に大切なツールであることは動かしようのない事実だ。 続きを読む…

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これは単なる偶然か?

ボクは何でもつなげて考える癖がある。
たぶん、根底には『人生に無駄な出来事など一つもない』と考えているからだと思う。
全ての出来事に意味があり、その意味を考えながら生きていく。
いつの間にかそういう考え癖がボクの中に浸透している。
もしかしたら、20年以上続けてきている過去の日記を読み返したときに、過去の様々な出来事がその時点での将来につながってきていることを知ったからなのかもしれない。
そういう考え方が正しいのかどうかはわからないが、とにかくボクはそういう風に考えて生きてきているのだ。

洋上の奇跡の再会!

洋上の奇跡の再会!


最近、立て続けに偶然とは思えぬような面白い出来事がボクの身の上に起きている。
海でたまたま話しかけた方が幼稚園の同級生だったり、突然子ども時代の悪い癖が出てしまったり。(奇跡の再会はこちら
後者については少々恥ずかしいことなのでここでは書かないが、ボクの中では相当に驚くべき出来事が続いているのだ。

これは単なる偶然か?
普通はそう考えるだろう。
というよりはきっと気にも留めないはずだ。
しかし、ボクはこういうときには繋げて考えてみる。
同じような出来事が続くときはきっと何かのメッセージなのではないか?
そんな風に捉えてしまう。

>> 次のページは >> ま、まさかの展開??

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会社倒産の危機で立たされた人生の岐路

一時、30名近くいたスタッフは店舗事業からの撤退とともに会社を去っていた。(前回はこちら、最初から読む方はこちら
2011年2月、ボクはまた1人に戻ったのだ。
でも不思議と寂しさはなかった。
その年、2011年の6月に出産予定日を控えている我が子のためにも寂しさに浸っている暇はなかったのだ。

2011年1月末に、それまで運営していた全ての店舗を閉店させ、2月いっぱいは残務に追われていた。
しかし、それと同時にこれから先のことにも目を向けなくてはならなかった。
これまでの経験を活かせばいろいろとできそうなことはあった。
しかし、また何をするかは決まっていなかった。

以前のように眉間にシワを寄せながら、大きなストレスを感じ、資金繰り奔走したり、スタッフの教育に苦心したりするのは自分には向いていなかった。
そもそも、会社を設立したきっかけは『好きなときに、好きなだけ、好きなサーフィンをするため』だったのだ。
それがいつしか、好きなサーフィンがまったくできない働き方になってしまっていた。
まるでサーフィンをすることが後ろめたいことであるかのように感じてしまっていたのだ。
まさに本末転倒というやつだ。
これを機にもう一度原点に立ち返り、自由にサーフィンができるライフスタイルを実現させようと模索し始めたのだ。

それを実現させるには一体どうしたらいいのだろうか。
実際にそんなことが可能なのだろうか。
まずはそこから探ってみた。
もっともシンプルに考えてみると、サーフィンを仕事にするということだ。
ボクは1999年にプロ・ロングボーダーの資格を得て、それから数年間はプロサーファーとして生計を立てていた経験がある。
しかし、ボクの成績ではプロサーファーとしてのスポンサーからの給料や賞金だけで家族を養っていくのは現実的ではなかった。

それならライターとしての道はどうだろうか。
『書くこと』が大好きなボクにとってはライターという仕事が向いているように思えた。
以前、何度かサーフィン誌に寄稿したこともあったし、そのときにはそこそこ評価してもらえていた。

好きなことの単体勝負(つまりサーフィンやライター単体)では厳しそうだが、『サーフィン×書くこと』という組み合わせ技ならば勝負ができるかもしれないと思った。
それは、根拠のないものではなく、実は当サイト『Saltwater Players』(以降SWP)を立ち上げて以来、順調に読者を増やすことができていたことが自信の裏付けとなっていた。
>> 次のページは >> SWPの成長の影いは人物の力が大きく働いていた

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ビジタリズムのすすめ

素晴らしいコンディションの下、不穏な空気が

素晴らしいコンディションの下、不穏な空気が


先日の話である。

真っ青な空の下、素晴らしい波がブレイクしていた。
風はユルいオフショア。
波のサイズはセットでアタマくらい。
New yearの混雑も一段落し、スポットには10名程度のサーファーしかラインナップしていなかった。
ウネリはコンスタントに入ってきていたので、そのくらいの人数であれば全員で楽しむことのできるコンディションだった。

パドルアウトしピークに近づいてみると、6人がオーストラリア人サーファーのグループで3人が日本人サーファーというメンバーだった。
近くにいた年輩の日本人サーファーに挨拶をすると、挨拶もそうそうにオースラリア人のグループを指し、

「あいつら自分たちだけで波まわして全然乗れねえよ。まじ最悪」

と不機嫌そうな顔をした。
話を聞いてみるとその方は以前バリに住んでいたようで、今でも定期的にバリに通っているということだった。
なんとなくそのことに対するプライドを強く持っているという空気が伝わってきた。
どうも雲行きが怪しかった。
サーフィンを楽しみたかったのだが、そういう雰囲気ではなさそうだった。

たしかにピークのいいポジションはそのオージーたちが占拠していた。
こちらには目もくれない。
どうもタチが悪そうだ。
悪いタイミングで海に入ってしまったことを後悔した。
最悪の状況ならすぐに海から上がってしまおう、と思っていた。

ピークにはオージーたち。
その少しショルダー側に日本人サーファー。
ボクはセット以外の波を狙って、オージーたちのややインサイド寄りの奥側にポジショニングした。

セットが入ってきて、オージーたちが次々と波を捕まえた。
でも余っている波もあったのでボクは中くらいのいい波をゲットすることができた。
それはインサイドまで続くいい波だった。

>> 次のページは >> オーストラリア人サーファーのマナーはどうだったのか?

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あり得ない偶然の再会!

神様の悪戯だろうか。
それとも偶然の出来事なのか。

今日もガラガラでいい波!

今日もガラガラでいい波!


本日もクタ方面でいい波がブレイクしていた。
サーファーの姿もまばらで海はガラガラだ。
昨日に引き続き、アウターリーフはほぼ貸し切り状態だった。
サーファーはボクを含めて3人。
1人がオージーで1人が日本人、そしてボク。
波はあまっており、和気あいあいと波をまわしていた。

セット間隔があいたときにラインナップにいた日本人と話をした。
「どちらからいらしてるんですか?」
と何気なく聞いてみた。
「下北沢なんですよ」
「へえ、そうなんですね」

最初は特に『下北沢』というキーワードになんの反応しなかったのだが、よくよく考えてみるとボクは幼稚園まで下北沢にいたのだった。
そのことをふと思い出して、
「実はボクも子どものとき下北沢だったんですよ」
「へえ、そうなんですかっ。下北沢のどちらですか?」
「北沢なんですけど、育成幼稚園ていうところに通ってたんですよ」
そうボクがいうとその日本人が目を丸くした。
「えっ! 私も育成幼稚園ですよ!」
「えっ!! 本当ですか?」
お互い目を丸くした。
>> 次のページは >> 更なる偶然が重なったのだ!!

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バリ島の抱える環境問題

バリ島は美しい。しかし・・・

バリ島は美しい。しかし・・・


2012年10月に家族でバリ島に移住した。
実は我が妻であるド天然嫁にとって、移住が初めてのバリ島だったのだ。
ボクは何度も「下見をしにバリに行こう」と誘ったのだが、頑として下見に来ようとしなかった。

「どうせもうバリに行くのは決まったことなんでしょ? じゃあいいよ、行かなくて」

と拒絶し続けたのだった。

そして、初めてバリにやってきたその日、つまりバリ島移住初日にド天然嫁は衝撃の言葉を発したのだ。

「私、バリ無理かも。なんか汚いもん」

初日から大きくつまづいてしまったのだ。

バリ島は美しい島である。
海と空は青いし、緑も多い。
自然もまだ多く残っている。
しかし、ゴミがそこらじゅうに落ちているのも目を背けがたい事実なのだ。

>> 次のページは >> ゴミ問題に対して何ができるのだろうか?

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事業撤退から広がった新たなる景色

2010年初夏。
普段は会議室か近所のカフェで打ち合わせをすることが多かったのだが、この日はビジネスパートナーであり親友のヨッコを海へ誘った。
良く晴れた気持ちのいい朝だった。
でも、これからヨッコに話す内容は重苦しいものだった。
開放的なビーチで話をしたほうが重い話が少し軽くなるような気がしたのだ。(前回はこちら

僕は倒産の危機を脱出した今こそ、事業を整理するべきなのではないだろうか、と考え始めていた。
それまで、情熱を傾けていた店舗事業からの撤退が頭の中から離れずにいたのだ。
店を閉めるには資金的に余裕のあるこのタイミングしかないのではないか、そんな風に考えていたのだ。
それまで、どんなに苦しくても『店を閉める』ということを具体的に考えたことはなかった。
でも、心のどこかで全てをリセットしてしまいたいという潜在的な願望があったようだ。
そんな思いが、そのときに表面に浮かび上がり、日々その存在感を増幅させていた。
僕のそんな思いに対するヨッコの率直な意見が聞きたかったのだ。

「本当に店を閉めるのか?」
僕のその言葉に戸惑いを隠せない様子だったヨッコ。
「そのほうがいいかなって思っている」
僕は声を振り絞った。

僕とヨッコの間に長い沈黙が流れた。
僕は彼の目をまっすぐ見ることができなかった。
彼の店に対する情熱を知っていたからだ。
彼も僕の方には目を向けず、だまって海を見つめていた。

起死回生でなんとか会社が立ち直ったものの、本質的には何も変わっていなかった。
相変わらず店舗の売上は厳しいものだった。
苦戦は続いていたのだ。
このまま店舗事業を続けていても、この先、資金がつまってしまうのは目に見えていた。
少なくとも僕はそう捉えていた。
資金に少しの余裕が出たこのときこそ店舗事業を精算し、会社を危機から救う最後のチャンスだと感じていたのだ。

ヨッコはゆっくり僕の方を向き、
「そのほうがいいかもな、実をいうとな、俺も薄々そう思ってたよ」
とすぐに視線を海に戻した。
>> 次のページは >> 事業の撤退は困難を極めた

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