SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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継続の秘訣

昨日、正月に決意してやり始めたことで20年続いたことがある、という記事を書いた。(昨日の記事はこちら
「長続きの秘訣は?」という質問があったので今日はそれについて書いてみようと思う。

元来、僕は何を始めても長続きしない典型的な3日坊主だった。
何かを始めては途中でやめてしまう、というのが僕の日常になっていた。
古くは中学生までしか続かなかったサッカー。
今でも中学時代の仲間に会うと、「あのままサッカーやってればプロになってたかもしんないのにな」と言われる。
それほどまでにサッカーに熱中していたし、地域ではそこそこ名の売れた選手だったにも関わらず続けることができなかった。
高校に入ると遊び仲間ができ、夢中になっていたサッカーをあっさり捨てて、遊びにすべてを捧げるようになった。
いわゆる遊び人としてデビューを果たしたのだ。

振り返ってみると、そんな風に何をやっても続かない僕にも3つだけ続けてこれたことがあった。
それは『サーフィン』、『読書』、『日記をつけること』。
この3つは20年以上続いていることだ。
翻ってみると、それ以外のことは全て途中でドロップアウトしたということにもなる。

サーフィンは高校生時代に始めたが、すぐにやらなくなってしまった。
そもそも『女の子にモテたいから』という動機が極めて不純だったため、続かなくなるのは時間の問題だったのだろう。
しかし、22歳のときに船で地球一周をしたときに、『日本に戻って何がしたいか?』という自問に対する答えが、『海とともに生きたい』ということだった。
そのことがきっかけで再びサーフィンに目覚めたのだ。

『読書』は高校生時代からほぼ欠かさず毎日続けている。
別に続けようと思って意識的にやっているわけではないのだが、気がついたら読まずにはいられない人になっている。
『日記』に関しては昨日書いたとおり、20年間毎日続けていることだ。
>> 次のページ >> 続くことの共通点とは??

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残ってほしいものがここにはある

いつまでの変らないでほしい光景がある

いつまでの変らないでほしい光景がある


『発展』という言葉は、普通ポジティブな言葉として使われることが多い。
しかし、現在の経済至上主義の世の中においては必ずしも発展がいいこととは思えないこともあるのだ。

バリ島にやってきて1年が過ぎた。
僕の場合、バリが大好きで大好きで念願叶ってバリに移住したわけではない。
もちろん、嫌いではなかったし、好きではあった。
しかし、もろもろの事情から海外に移住しようという決断が先だった。
なんというか、移住先を決める際に消去法で残ったのがバリだった、という言い方が一番適切な表現かもしれない。

移住したてのころ、日本人移住者からバリの社会は日本の30年くらい前の世界だ、という話を耳にした。
ある側面から考えてみるとその通りだと思った。
30年前の日本。
僕が10歳のころの世界だ。
昭和時代。
近所付き合いも色濃く残り、地域のコミュニティも今よりあった気がする。
マイカーが我が家にやってきたり、ビデオデッキが設置されたりと物質的に豊かになり始めた頃だ。
大人たちは馬車馬のように働き、日本経済の発展を支えていた時代だ。

>> 次のページ >> バリの現状は?

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とある白人サーファーとのお話

どんより曇ったクタビーチ

どんより曇ったクタビーチ


雨期真っ盛りのバリ島。
重たそうな黒い雲がやってきたと思いきや、一気に豪雨が降りしきる。
夕立ちだけでなく、朝立ち、昼立ち、夜立ち、夜中立ちと一日中どこからでも雨がやってくるのだ。
曇天のなか、クタビーチは昨日に続いて小波だった。
サーファーの姿もまばらだった。
ビギナーサーファーが波乗りを楽しんでいた。
ビギナーが楽しむにはもってこいのコンディションだったのだ。

今朝、こんなことがあった。
小さいながらセットの波が入ってきた。
おそらく本日一番の波。
たまたま一番アウトサイドにポジショニングしていた僕の目の前にピークが現れたのだ。
「おっしゃ〜」
ヨロコビつつ波にタイミングを合わせる。
計ったようにドンピシャなポジション。
テイクオフをしようとした瞬間、こちらに目もくれずにパドルをしている白人のオジサンの姿が目に入った。
パドルの仕方からしてビギナーであることは明らかであった。
僕は「Sorry, I am going!!」と白人のオジサンに声をかけた。
その声に気がついてくれて波に乗る寸前でパドルを止めてくれた。
その波はやはり今日一番の波で、アウトからインサイドまで奇麗にブレイクしていく波だった。
その波を乗り終えて、満足顔でニーパドルをして沖に出るとそのオジサンがすごいイキオイで僕のことを睨みつけてきたのだ。
「何?なんか不満があるの?」
と聞くと、
「あんた、さっきからたくさん波に乗ってるんだから譲ってくれてもいいんじゃない?」
と明らかに怒っている様子。
確かにビギナーサーファーたちに比べるとたくさん波に乗っていたが、彼らの乗れない波に乗っていたし、ドロップインや邪魔をした覚えもない。
「はあ? おじさん、サーフィンにはルールがあるんだよ。ピークから乗ったサーファーが優先だし、1つの波には1人しか乗らないのがルールだよ。知らないの?」
と僕もまくしたてた。
「いや、知ってるけど・・・」
「だったら邪魔しそうになったアナタが僕に謝るべきなんじゃない?」
>> 次のページは >> 後悔の念が・・・

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サーフィンこそ世界平和のモデルなのだ!?

人もまばらなクタビーチ

人もまばらなクタビーチ


12月とは世界的に忙しい季節なのだろうか。
バリ島へ足を運ぶ観光客の姿がめっきり減っているようだ。
観光のメッカであるクタビーチでさえ閑散としていた。
まあそれでも太陽に力があるのでそこまで寂しい感じにはならないのだが、それでもやはりいつもに比べると相当に静かなのである。 続きを読む…

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サーファーがバリ島に住むということは

Kick, Miki, Kei

Kick, Miki, Kei


一年前。
僕はバリで暮らし始め、徐々に生活は落ちつき始めていた。
毎日のように海にいっていたが、僕にとってはローカルサーファーで友だちといえる人は1人もいなかった。
そもそも僕の場合、バリが大好きで通いまくって念願叶ってバリに移住したわけではない。
移住前、バリには撮影などの仕事以外では来たことはなかった。
なので入念に人間関係を作ってから移り住んだわけではなかったのだ。

お客さんとしてバリにやってくるのと、そこで暮らすのではバリニーズたちの受け入れ方は全く違う。
年に数度バリに遊びにやってくるのと、そこで暮らすということには大きな隔たりがある。
移住当初、僕の挨拶に笑顔で答えてくれるサーファーは少なかった。 続きを読む…

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バリ年齢満一歳を迎えて

1年前のデンパサール空港にて

1年前のデンパサール空港にて


インドネシア語はおろか、英語すら全くしゃべれないド天然嫁と1歳半になったばかりのベビ子を引き連れてバリの地を踏んだのが1年前の10月23日だった。
僕の誕生日が7月23日で、ベビ子が6月23日だったので23日を選んだのを今でも覚えている。
『23』という縁のある数字の日から始めることでいいスタートが切れる気がしたのだ。

ベビ子に関しては病院がやや心配だったものの、彼女の年齢を考えればどんな環境でも順応していってくれると思っていた。
問題はド天然嫁のほうだ。
ド天然ボケに加えて言葉の問題や友だちがいないこと、わりとキレイ好きだったりすることなどがあったため、果たして本当にバリに馴染めるかが心配だった。

1年前の今日、ド天然嫁がバリに初めてやって来たその日に「わたし、バリだめかも」という僕がもっとも恐れていた言葉を発した。
空港から新居に向かう道のりに目にした光景にショックを受けたのだ。
大量のゴミが流れる川。
排気ガス。
ストリートチルドレン。
どれも衝撃的な光景だったのだろう。
そこで僕は全ての仕事を約2ヶ月間ストップしてド天然嫁にぴったりマンツーマンマークをしてバリの良さを知ってもらうことや寂しい思いをさせないことに専念することにしたのだ。
そのことが功を奏してか、2ヶ月後には「バリ、好きかも」というセリフを引き出すことに成功したのだ。

順風満帆にバリ生活が始まったように思えたころ、僕はもう一つ大きな壁にぶち当たっていた。
それはバリ人との『常識』の違いだった。
良かれと思って発した言葉が反感を買ってしまったり、ちょっとした僕の行動が大きな誤解を招いてしまったり、バリのロコサーファーたちとのコミュニケーションがうまく取れなかったのだ。
それまで『お客さん』としてバリに遊びにいくことと、そこで『暮らす』ことの間には大きな大きな溝があった。
ある程度は予想していたことではあったのだが、それは想像以上の隔たりがあったのだ。
>> 次のページ >> 『出会い』こそがすべて!

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遊びを仕事にするということは

忙しいといってもやってることはこの通り

忙しいといってもやってることはこの通り


忙しい日々が続いていた。
先週、某サーフィン雑誌の取材が始まったと同時に日本から友人知人が押し寄せてきた。
はたから見ると朝からサーフィンして、海から上がったらビンタンビールをたらふく飲んで、「あんたいつ仕事してんの?」とツッコまれそうなのだが、実はそういったダラシナイ姿で商談をしていたりするのだ。
遊びを仕事にする、もしくは仕事を遊びにする、とは実はそれなり大変であったりするのだ。
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クタで〜Mr Baliと〜デアッタ〜

いつものごとくサヌールでアラックなどを飲んでいると・・・

いつものごとくサヌールでアラックなどを飲んでいると・・・


サヌールでいつものようにアホヅラでアラックなどというそれはそれは強くてアヤシイお酒を飲んでいたら、クタの友人kickからの電話が鳴った。
「ケイ、どこにいるの? クタで飲もうよ」
というお誘いだった。
アルコール成分がかなり体の芯のほうまで浸透しつつあったが、それでもせっかくだからクタに出向いてみることにした。

サヌールからクタまでタクシーを使って20分程度。
近所ではあるが、クタとサヌールではまたちょっと雰囲気が違う。
サヌールはレンボガン島出身のロコが多いのだが、クタはそこに脈々と根付いて歴史の深みを感じさせる人が少なくない。
そしていつものクタローカルたちのたまり場で面白い人物との出会いがあった。
その名はMr Bali。
どうやら話を聞いてみると『Mr Bali』というウェアーブランドを所有しているということであったが、Mr Baliという名にふさわしい風格が感じとれた。
>> 次のページは >> 伝説の人物の『力』とは!?

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嵐の後の静けさで我思う

初対面同士でもすぐに打ち解けるのがバリスタイル

初対面同士でもすぐに打ち解けるのがバリスタイル


まるで台風のようにシルバーウィークが去っていった。
バリ島にたくさんの日本人サーファーが押し寄せた。
波と天気にも恵まれて、きっとみなさん満足して日本に帰っていったと思う。
そしてバリ島にはいつもの平穏が戻った。
僕の心には少しだけ寂しさが漂った。
初対面とは思えないのはサーファー同士だから?

初対面とは思えないのはサーファー同士だから?


湘南で暮らしていたときなら人気(ひとけ)が減ることをヨロコンデいた節があったのだが、バリ島で暮らすようになってからはそれが変った。
日本人サーファーで混雑するのも悪くない。
いや、むしろうれしいくらいだ。
日本からやってきているサーファーたちは海外に出ていることで心がオープンになり、とてもフレンドリーになっている人が少なくない。
日本の海ではなかなかこうも仲良くなれないものなのだが、不思議とバリ島で出会い一緒にサーフィンをするとと一気に心が打ち解けてしまうから不思議だ。 続きを読む…

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サーフィン空洞世代

サーファーの人口分布は完全に逆ピラミットもしくは逆ひょうたん型になっているようだ。
僕の暮らすバリ島で出会う日本人サーファーも同年代、もしくは年上の方が圧倒的に多く、若いサーファーといえばそのおっちゃんサーファーたちの子どもたちというのパターンがほとんどなのだ。
日本の海にはおっちゃんおばちゃんが溢れており、サーフィンはもはや若者のスポーツとは言えなくなってきてしまっている。

かつては若者に絶大な人気を博していたサーフィンだったが・・・かつては若者に絶大な人気を博していたサーフィンだったが・・・

かつては若者に絶大な人気を博していたサーフィンだったが・・・


最近サーフィン業界で囁かれているのが20代半ばから30代前半のサーファーが劇的に減ってきているということだ。
まだ独身で趣味にお金をふんだんに使える若い世代のサーファーが少ないというのは業界にとっては大きな痛手だ。
たしかに僕がその年代だったころには周りにサーファーやサーファーらしき人たちが溢れ、サーフボードやウェットスーツ、サーフウェアなどを買いあさっていた。
そこの世代に支持されていないというのは業界にとっては大きな課題であるとともに少々責任のようなものを感じてしまうのだ。 続きを読む…

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