SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

サマサマ号でゆく、ウェストティモールの旅 Vol4 サーフィンの源にふれた旅

我らがサマサマ号

我らがサマサマ号


ご察しの通り、アルコールにまみれた旅となっていた。(前回はこちら
朝のサーフィンを終えるとためらうこともなく午前8時台には1本目のビンタンビールのプルタブを引いていた。
夕方はといえば「じゃあ、夜の酒を美味しく飲むために」などと言いながらピークへとパドルしていった。
そうかと思えば「よし、じゃあ酒の肴を釣るぞ」と竿を振った。
なんとなくこの旅は酒中心にすべてのことがまわり始めていた。
調理中のしょーごさん。こわいよ〜〜(笑)

調理中のしょーごさん。こわいよ〜〜(笑)


そんな酒主導型トリップにおいて大変な活躍をみせたのがこの旅で『ツートップ』の名を欲しいままにした職業的本格派釣り師川島さんと横須賀釣り連合総長ショーゴさんとの夢の共演だった。
釣ったかと思えば包丁を振るい、昆布で締めたかと思えばお造りを仕上げ、カルパッチョに和風梅カルパッチョ、炙りに唐揚げと「ここは漁師町の小料理屋か」と思わせるほど毎晩食卓が賑わっていた。
「もうこんな贅沢な船乗っちゃったら他の船には乗れないっすよ〜」と漫画風大盛りご飯を片手に米を頬張っていた米伝説タッキーは常に幸せそうに目尻を下げていた。

そんでもって肝心な波の方であるが、T−landから一晩かけてやってきたサブ島の某ポイントでは期待していたバレルは現れることがなかった。
後から書物で調べてみるとそのポイントは『極端に気まぐれなスポット』との記述が載っていた。
まったくその通りであった。
確かに昨年のトリップでは波がないとの予報の中で素晴らしい波に巡り合えていた。
今年は波が上がるとの予想の中でスモールコンディションに見舞われてしまった。
極端に気まぐれなスポットなのだからこんなもんなのだろう。
そんな気まぐれなサブ島サブちゃんにはきっぱりと見切りをつけることにして、全員での協議の上でT-landエリアに戻るという決断を下した。
この決断が大変に正しかった。
>> 次のページは >>  サーフィンの本質??

タグ: , , ,

サマサマ号でゆく、ウェストティモールの旅 Vol3 サマサマ号あらため『様々号』? 

川島さん、今トリップ最高の1枚

川島さん、今トリップ最高の1枚


ロテ島周辺での勝利の方程式がだんだんと明らかになってきた。
メインスポットであるT-landは夕方になるとサーファーの姿がなくなる。
情報によると朝のセッションを終えた島ステイのサーファーたちは早々に飲み始める者が多いらしく、夕方にはマークが外れるという。
おかげでサンセットタイムにはほぼ貸切状態で極上レフトが楽しめるというわけなのだ。(前回はこちら

で、肝心な朝のセッションはというと、これもあるんです。
とっておきのところが。
T-landの周辺にレギュラーのいいスポットを発見してしまったのです。
名前は伏せておきましょう。
伏せるので急に語尾が丁寧になります。
てめー、教えろよ、なんて乱暴に言われても困るのです。
こういうところは小さなこの胸に大切にしまっておくのです。
何しろ毎日貸切で素晴らしいレギュラーの波がブレイクするんですもの。
教えません。
バレるまでは。

美しきロテ島

美しきロテ島


こんな具合に朝はあそこのレギュラー、夕方になるとT-landという方程式で確実に一級品の波にありつくことができた。
でも人間てな生き物は大変に弱いもので、そんな素晴らしい状況下においても「ちょっと飽きてきたな」なんてバカげたことを言い出してしまう。
毎日焼肉にステーキ、というわけにはいかなくなってしまう。
時には納豆も、梅干しも食べたくなってしまうのが人間たるものサーファーたるものなのである。
でもって、いろいろと協議を重ねた結果、昨年貸切りパーフェクトバレルが現れたという伝説の島サブへと航海を進めることを決めたのだった。
>> 次のページ >> サブ島でサブちゃん?

タグ: , , , ,

サマサマ号でゆく、ウェストティモールの旅 Vol2 これぞ究極の波乗り旅

T-land、素晴らしい波でした!

T-land、素晴らしい波でした!


1969年、ある冒険心旺盛なオーストラリア人が地図を片手にバックパックとサーフボードを担いでインドネシア最南端の島ロテを訪れたことでこの島のサーフィンの歴史の1ページが開かれた。
当時、白人を見たことがなかった村の子どもたちはその姿に驚愕し、逃げまどったという記述が残されている。
それから47年が経った。
村にはアスファルトの道が敷かれ、サーフスポットに面する沿岸にはリゾートが立ち並んでいる。
サーファーが波を求める力には辺ぴな片田舎の村を一変させてしまう力がある。
こんな風にして世界中の辺境地のサーフスポットは切り開かれてきたのだろう。

で、旅は続いている。(前回はこちら
二日目の早朝、我々サマサマ号は予定通りロテ島沿岸にやってきた。
前夜きっちり深酒したとはいえ、おじさんたちの朝はすこぶる早い。
夜が明けきる前から一人、また一人と寝床から這い上がってくる。
辺りが薄暗いうちから笑い声が船に響く。
おじさんたちは朝が強い。
笑い声に呼応するようにまた一人また一人と共有スペースである食卓に集まってくる。
寝巻きのままポットに用意されたコーヒーをすする。
カフェインの苦味がアルコールにまみれたボンヤリとした脳みそを少しずつ元に戻してくれる。
さあ、いよいよ今日からサーフィンだ。

甲板に上がるとロテのメインスポットであるT-Landのブレイクが視界に入ってきた。
波は十分にありそうだ。
クオリティも良さそう。
でもその分、20人ほどのサーファーたちがラインナップで波を待ち構えていた。
よく考えてみると昨年から参加させてもらっているサマサマ号のトリップでここまで多くのサーファーを目にするのは初めてだった。
T-landの沿岸にはリゾートやロスメンが立ち並んでしまっているので仕方がないことだろう。
どうやらここに来るのが10年遅かったようだ。
貸切パーフェクトウェーブが至上命題のボートトリップにおいて、他のサーファーに混じるのはどうも今一つテンションが上がってこない。
>> 次のページは >> 新たなるツワモノが現る

タグ: , , ,

サマサマ号でゆく、ウェストティモールの旅 Vol1 西東南島??

サマサマ号に乗り込むヨロコビの時

サマサマ号に乗り込むヨロコビの時


混載型波乗船に乗る前は少しだけナーバスな気分になる。
見ず知らずの人たちと寝食をともにするというのはやはり少々の不安を覚える。
元来100%混じり気なしで人見知りなどしない性質のボクなのであるが、やはり稀に苦手な人が現れることもある。
めちゃめちゃ絡み酒の人がいたらどうしよう。
赤ら顔で、おー飲め飲め、いいから飲め、ん?俺の酒が飲めねえのか、ん?みたいな人とか。
攻撃的かつ独断的かつ自己中心的なんて人がいたら気疲れでゲッソリしてしまう。
さらに、夜中に突然叫びだすような狂人がいたら・・・ 叫び返してやるかっ、いや、危なさそうだからやめておこう。
とまあ、広い世間にはボクなんかの想定を遥かに超えてくる人なんてウヨウヨいるはずだ。
このように船という限られたスペースの中で数日間を過ごすとなると『波』以前に『人』が最重要課題となってくるのだ。

バリの国内線搭乗口に日本からやってきたメンバーが待機しているという連絡が入った。
今回の旅は日本からバリを経由し、インドネシア東部のウェストティモールのクパンへと向かう。
クパンの港から我らがサマサマ号に乗船し、波を求めてインド洋を航海する予定となっている。

出発の寸前まで仕事に追われていたボクはやや遅れ気味でバリ島デンパサール空港に滑り込んだ。
今回は波伝説の加藤さん、都会派ちょいワルサーファーヒデさん、横須賀釣り連合総長ショーゴさん、以外は初顔合わせとなる。
ご対面の瞬間が近づく。
この瞬間がこの旅の運命を決めるといっても過言ではない。
43年間培ってきたレーダーはかなりの精度でファーストコンタクトで危険人物を判別できるようになっている。
たのむぞ、祈るような思いで視界の端で捉えた旅のクルーと思しき色黒一団へと近づいていった。

「はじめましてっ、有本ですっ、よろしくお願いします!」
頭を下げつつ一人一人に挨拶した。
どうだ、レーダー?
危険人物はいるのか?
・・・
ん〜、これは大丈夫そう。
というか、相当にいい、かなりいい感じ。
メンバーのポジティブなエネルギーを感じ取ったボクは急激にワクワクしながらこの旅を迎えることができたのだった。
>> 次のページ >> 西か東か、はたまた??

タグ: , , ,

サマサマ号でゆく北マルクボートトリップ vol3 さあ、波はいかに!?

我らがサマサマ号

我らがサマサマ号


ボートトリップとはある意味究極のサーフトリップの形といってもいい。
何しろ船に乗ってさえしまえば、キャプテンがスウェルと風を見ながらポイントをチョイスしてそこまで船を動かしてくれる。
船に乗っているだけでポイントの横までたどり着いてしまう。
移動中は海を眺めながらボーッとしていればいい。
酒を喰らってもいいし、仲間たちと馬鹿話に花を咲かせてもいい。
読書にふけっていてもいいし、人生についてあれこれと思いを巡らせてもいい。
ポイントを探す苦労なんてものは一切ないわけで、サーフィンにフォーカスすることができる。
サーファーにとっては最高に贅沢な旅なのである。
そんなことを理解できるはずもない我がド天然嫁に言わせると、「よく船になんて1週間も乗ってられるよね。私だったらお金をもらっても絶対嫌だわ」となってしまうのであるが、所詮サーファーでないとわからない世界なのだ。
とにかくまあそんなわけで港を出港したサマサマ号はゆったりとポイントへと向けて動き始めたのであった。

北マルク、インドネシア人からいわせると『マルクゥ〜』なのであるが、インドネシアのくせに太平洋に面している。
インドネシアといえばインド洋というイメージが強いのであるが、実は太平洋に面している場所がある。
そんなマニアックな場所をサマサマ号はジワジワとポイントへの距離を詰めていく。
今回はどんな波と出会えるのだろう。
ボートトリップでは最初のポイントに着く前というのが胸がズキズキ痛むほどワクワクしてしまう。
いい年したオッサンがワクワクするなんて少々見栄えが悪いのであるがこればっかりは仕方ない。
ワクワクしちゃうもんはしちゃうのだ。
>> 次のページは >> さあ、波はいかに!?

タグ: , ,

サマサマ号でゆく北マルクボートトリップ Vol2 さらば文明社会

ビニールテープ・・・ですよね?

ビニールテープ・・・ですよね?


夕刻、バリ島の空港を飛び立ちインドネシアの北東部に位置するテルナテ空港へ降り立ったのは翌早朝であった。(前回はこちら
2時間の時差もあり、もはや国内旅行の範疇を軽く超える移動であった。
空港で荷物を受け取りゲートをくぐるとおにぎり型の山がデーンとそびえ立っていた。
その姿を目の前に、もう本格的にすんごいところに来てしまったんだな、とややたじろいでしまった。

空港には我々が約1週間お世話になるサマサマ号のスタッフが出迎えてくれていた。
さっそく車にサーフボードを括り付けていざ出発!と言いたいところであるが、我々7人分のサーフボードは頼りない細っそりとしたビニールテープで縛られていった。
不安にきまっている。
大丈夫なのか?
色とりどりのビニールテープに大切なサーフボードの命を預けるには心許なく、力の限りで手でボードケースを押さえながらの走行となった。
そんな模様をフェイスブックにアップすると「そんなんアカンやーん」的なコメントが続々と入ってきた。
いただいたコメントに返信しているうちに徐々に電波が弱わまり、最後には無情の『圏外マーク』が灯った。
それは文明社会との遮断生活へ突入したことを意味した。
ただ波を求めて東西南北上下右左と船に揺られるサーファー的シンプルライフが始まるのである。

>> 次のページ >> え? 悲しいお知らせが・・・

タグ: , ,

サマサマ号でゆく、北マルクボートトリップ Vol1 ピリッとピリッと

昨年のDiscovery Indonesiaにて

昨年のDiscovery Indonesiaにて


ナンダカンダと言いながらも今年も旅に出るわけである。
昨年、『Discovery Indonesia』と銘打って雑誌Blue.の取材を兼ねてインドネシアの秘境を旅してまわった。
この旅を主催するOMツアーの丹野さんから「来年もボート乗る?」と声をかけてもらうと後先考えずに「いくいく!」と激しく食いついてしまった。
旅を愛するサーファーの悲しいサガを熟知した丹野さんの罠、人呼んで「丹野マジック」にまんまと引っかかってしまったというわけなのである。

「でね」とあやしく目を光らせる丹野さん。
「一応有本さん、一回行ってるわけだし、インドネシア語もしゃべれるわけだから乗船するお客さんが困ってたら助けてあげてくださいね」と畳み掛けてきた。
「もちろんですよ」と快諾するボク。
するとおもむろに今回の旅の資料などをまとめたファイルを差し出してきた。
説明は続く。
諸々続く。
いつの間にか、ボクがアテンド役をするという流れになっているではないか!
さすがはベテランである。
手口が巧妙だ。
でも旅に行かせてもらえるわけである。
「やりますやります、なんでもやります! 波も譲りますし、後片付けだって掃除だってなんだってやります!」
気がつくとボクはそう答えてしまっていたのだ。
これこそが丹野マジックの真骨頂。
完全に術中にハマってしまったというわけなのである。
というわけで、あれよあれよのうちにサマサマ号でいくインドネシア秘境の旅に吸い込まれていったのであった。
>> 次のページ >> さあいよいよ秘境に向けて!

タグ: , ,

旅の終わりは次の旅の始まり

インドネシア

インドネシア


波伝説、OMツアーの共同企画『Discovery Indonesia』に参加させてもらった。
全5回の旅のうち4回の旅が終わったわけであるが、ボク個人としては一旦ここで終了ということになる。
第5回は諸々事情があって参加できないのだ。 続きを読む…

タグ: , ,

無人のパーフェクトブレイクを求めて!

Blue.51 2015年 1月10日発行

Blue.51 2015年 1月10日発行


2014年11月。
我々旅のクルーはスンバ島の海を航行していた。
島に目をやるとどこまでもジャングルが広がっている。
所々から煙が上がっているのは焼き畑だろうか。
どうやら人も暮らしているようだ。

島に沿って広がるコーラルリーフにウネリがぶつかり、そこら中で白波が立っている。
サーファーの姿はない。
というより人の気配が感じられない。
まだまだ未開のサーフスポットがありそうだ。
冒険心に火がつく。 続きを読む…

タグ: ,

貸し切りファンなビーチブレイクを発見!!

レッドアイランドへ向けて!

レッドアイランドへ向けて!


4月の下旬に『On The Board』の取材でジャワ島へ訪れた。
今回の目的地はレッドアイランドというポイントだ。
昨年あたりからそこの噂をいろいろな人の口を介して耳にするようになっていた。
波はスペシャルではないらしい。
でもボクはどうしてもそこに行ってみたい理由があった。
それは皆が口を揃えて「ほとんどいつでも貸し切りだった」などとクッキリと魅力的なことを言うのだ。
いい波はバリで十分満喫している。
いい波に対する欲求はほぼ満たされているといっていい。
ボクの欲求は貸し切りでサーフィンすることに移行している。
なのでレッドアイランドはどうしても行ってみたいディスティネーションになったのだ。

バリに移住してからというもの、ボクは湘南で暮らしていたとき以上に周囲のサーファーに気を使ってサーフィンをするようになっていた。
元々東京生まれのボクにとっては湘南でさえビジターであったのだが、21歳の頃から辻堂にいたわけなのでロコたちと友だちになっていた。
なので半ローカルのような立場でわりと伸び伸びサーフィンを楽しんでいたのだ。
それがバリに移り住み、状況が一変した。
ボクは完全なるビジターになったのだ。
ロコたちの邪魔をしてはいけない。
ロコがガイドとしてお客さんを連れている場合にはお客さんの邪魔もしてはいけない。
彼らの仕事の邪魔をするようなことがあってはならないのだ。
当然、波だけに神経を集中してサーフィンすることはできなくなっていった。
なので、『貸し切り』という言葉に激しく反応するようになっていたのだった。

>> 次のページは >> 果たして貸し切りファンウェイブに出会えるのか??

タグ: ,

2 / 1512345...10...最後 »

© 2010 SWP | サーフィンと海遊びのブログマガジン. All Rights Reserved.

出欠管理・スケジュール管理に『サークルスクエア』

http://wakutuku.jp/