SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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あれから一年。生かされた命

信号停止、異常事態?

信号停止、異常事態?


あれから一年が経った。
2011年3月11日、2時46分、僕は国道134号線を鎌倉方面に向かって車を走らせていた。
車中だったためその揺れにはまったく気がつかなかったが、海の様子がおかしいな、と思ったのを思い出す。
由比ケ浜の信号機が壊れて機能していなかった光景を見て「何かあったのかな」と思った程度だった。

2011年3月3日にビジネスパートナーのいとうまさしと2人で新たにパレット株式会社という会社を立ち上げ、「さあこれから」という矢先の出来事だった。
東北地方に大津波が襲い甚大な被害をもたらしたことはすぐにその日のニュースで知った。
でもそのときは現実の出来事として実感が湧いてこなかった。
翌日、まさしのご両親が松島で被災したことを知り、一気に現実のものとして目の前に現れたように感じられた。
そこからは新会社の仕事どころではなくなった。
大きな希望を持って立ち上げたばかりの会社だったが、その時点で1度夢も希望も失った。
長い時間かけて練り上げてきた事業計画の全てが頓挫してしまったのだ。

海に関する事業をメインに考えていた会社だったので船出した瞬間に座礁してしまったように感じた。
希望に満ちあふれていた僕らは一気にどん底に落ちたように思えた。
しかし、その時は落ち込んでいる暇はなかった。

震災1週間後には東北へ

震災1週間後には東北へ


とにかく被災地にとって僕らにできるとこをやろうと決めたのだ。
もしかしたら支援活動を必死にやることで現実から逃れていたのかもしれない。
それでもやらないよりはやったほうがいいと思っていた。
『SWP支援隊』を結成し、草の根運動ながら多くの温かい支援者の協力により支援活動を継続することができた。
多くの支援者が集まってくれました!

多くの支援者が集まってくれました!


会社のほうは軌道修正は余儀なくされたが結果としてはいい方向に向かう事ができた。
結果オーライとはまさにこのことだ。
僕らは翻弄されながらもなんとか激動の2011年を乗り切ることができたのだ。
支援活動に参加してくれたショップの皆さん

支援活動に参加してくれたショップの皆さん


湘南では震災後ほどなくしてからサーフィンも再開することができた。
僕ら海を愛する者たちにとって大津波により多くの犠牲者が出たことは胸が張り裂けそうになる思いだった。
『海こそが人生』と生きてきた者にとっては本当に辛い出来事だった。
改めて自然の驚異を知り、海の恐ろしさを目の当たりにした。
それでも今なお海を愛して止まないサーファーやその他のマリンスポーツを楽しんでいる人たちは、海で遊ぶことに心の中で葛藤してきたはずだ。
被災時の石巻のサーフショップ「secret」

被災時の石巻のサーフショップ「secret」


被災地でもサーフィン解禁のエリアが増えてきている。
明日には東北を代表するサーフポイント仙台新港も解禁になるそうだ。
どうか東北のサーフィンカルチャーが息絶えないでもらいたいと願うと同時に、日本のサーフィンカルチャーが発展していくよう少しでも力になれたらと思う。

被災された方たちに比べれば僕らの受けた影響など微々たるものだ。
しかし、多かれ少なかれ日本人である僕らは今回の震災で何らかの影響を受けたはずだ。
失われてしまった尊い命は戻ることはない。
生かされた僕らが今回の震災の被害を教訓にし後世に伝えていくこと、そして精一杯その命を燃やしていくことが使命なのだと思う。

(有本圭)

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