SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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辻堂

数えきれないほど通った海へ抜ける道

数えきれないほど通った海へ抜ける道


今から18年前。
僕が22歳の青年だったころ、親から半ば勘当気味で家を飛び出し、辻堂の駅前のパチンコ屋さんに住み込みのバイトで転がり込んだ。
辻堂を選んだ理由は、もちろんサーフィンをしたかったから。
15歳で始めたサーフィンの腕前は、その当時でも完全なる初級レベルで、万年初心者サーファーに甘んじていた。
それもそのはずで、20歳を過ぎるまではウェットスーツを持っていなかったので、夏になると海水浴のついでにサーフィンをするといった『にわかサーファー』だったのだ。
免許を取るまでは、小田急線に乗って鵠沼海岸まで通っていたのだが、車の免許を取ってからは駐車場が完備している辻堂に通うようになった。
通っているうちに、なんとなく辻堂に愛着を持ち始めた。
ローカルサーファーたちはおっかなかったが、自然と辻堂に愛着を持つようになったのだ。
海と富士山が美しい辻堂

海と富士山が美しい辻堂


辻堂に暮らし始めて、僕の生活は一転した。
パチンコ屋さんを夜逃げ同然で飛び出して、サーフショップで働き始めたことで、湘南のサーフカルチャーにとっぷり浸かることになったのだ。
僕と同年代の20代前半の若者たちが中心に大いに盛り上がっていた当時の湘南サーファーたち。
そのど真ん中でもまれにもまれまくり、初級レベルだった僕のサーフィンは劇的に上達した。
初級レベルのダサいサーファーなどは相手にもされないような風潮だったので、必死に腕を磨いたのだ。
お隣さん、Shop My Crewのみなさん

お隣さん、Shop My Crewのみなさん


先輩がたに怒られながら、仲間たちにバカにされながら、飲み会ではいつも洗礼を受けて開始30分で潰されながらも、とにかく僕は辻堂でもまれて成長した。
心を許せる仲間たちにも出会った。
マーさんのおかげで今の僕があります

マーさんのおかげで今の僕があります


大先輩にも可愛がってもらった。
僕にとって辻堂は『第2のふるさと』などというありふれた軽い言葉で表現するようなものではない。
今の僕があるのは、辻堂があったからだし、辻堂の人たちに支えられてきたからだ。
辻堂なくしては今の僕はいないのだ。
会うといつも温かく声をかけてくださる皆さん

会うといつも温かく声をかけてくださる皆さん


僕は明日、家族でバリ島に移住する。
バリ島を生活の拠点にして暮らしていくのだ。
僕の帰る場所、Neo Surf

僕の帰る場所、Neo Surf


でも、これからも僕の根っこは辻堂に張っていくつもりだ。
辻堂を捨ててバリ島に行くのではなく、辻堂に根を張りつつもバリ島に移住する。
都合がいい、と思われるかもしれないが、辻堂にお別れを言うつもりはない。
辻堂はいつでも僕の真ん中に存在しているのだ。

しかし、この節目に、僕は今まで僕を支えてくれた辻堂の人たちに『ありがとう』と言いたい。
そして、これからも宜しくお願いします。

それでは明日、バリ島に向けていよいよ家族で出発します!!

(有本圭)
 

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