SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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『死』が『生』の一部になる考え方

バリヒンドゥの神秘的な風景

バリヒンドゥの神秘的な風景


「でもね、おばあちゃんはラッキーよ。病院に行かないで死んだからね」
ほお、それはどういう意味?
「だって病院行ったらお金もったいないじゃん」
まあ、そうね。
「当たり前よ。だって病院でお金使ってもどうせいつか死ぬんだから。もったいないじゃん。もうおばあちゃんだからね、神様に呼ばれたんだよ」
んー、たしかに。

そう言われてみればそうだ。
どんなに治療してもどうせいつかは死ぬんだ。
延命するためにお金をいくらつぎ込んだところでいずれは死ぬのがサダメ。
特に老人に対してはそういう考えかたを持っているようだった。
なるほどこれは日本人にはあまり馴染みのない考え方だ。
なんとしても、いくらつぎ込んでも、1日でも長く生きることこそが正しいと考えられているフシがある。
それが日本の社会なのだ。

バリヒンドゥでは肉体は死んでも魂は死なないし、死んでもまた人間として生まれかわってくる、という考え方のベースがある。
こんな風に考えることができれば『死』に対して深刻になりすぎることがなくなる。
『死』は『生』と同じく通過点として捉えられる。
だからといって彼らが命を粗末にしているわけではない。
むしろ逆である。
永遠に続く魂だからこそ不道徳はしない。
悪いことをしたら次の人生で自分が苦しい思いをすることになると信じているのだ。
これがカルマってやつなのだろう。

命が永遠に続くと心から信じて生きてみることを想像してみる。
小さいことが気にならなくなってくる。
ちょっとした失敗なんてものはポジティブに捉えることができるようになってくる。
永遠に続く命のたった『今』が失敗しているだけなわけで、挽回するチャンスは永遠にあるわけだから。
反対に今の幸せも永遠には続かないのかもしれない。
だからこそ今の幸せに心から感謝して味わって生きてみようと思ったりするのだ。
うん、いい考え方だ。

そういえば我々日本人の宗教的ベースとなる仏教も輪廻転生がベースとなっている。
だから故人に戒名(死んだ後の名前)をつけたりするのだ。
形式的にやるのではなく、考え方のベースに取り入れて生き方に反映させてみてもいいんじゃないかなって思ったりするのだった。

(有本圭)
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