SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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悲しい爪跡【パプアニューギニア ウルルンサーフトリップ~その6~】

パプアの小学校。ゴールネットなどない。

パプアの小学校。ゴールネットなどない。

1941年、日本軍がハワイのパールハーバーを襲撃したことで始まった第2次世界大戦。
その翌年、日本軍は1ニューギニア島に侵攻した。
首都ポートモレスビーの手前約50kmまで進軍していったが、連合軍のアメリカ、オーストラリアに激しく抵抗された。
その結果、日本軍への支援物資が分断され完全に孤立してしまった。
食糧などの物資を得ることができなくなった日本軍はそれでも戦い抜き、最期は餓死や自決によって多くの尊い命が失われていったそうだ。

小学校の片隅に眠る日本兵を弔う

小学校の片隅に眠る日本兵を弔う

今回、我々がサーフィンの拠点にしているトゥピラ村には小さな小学校がある。
その小学校の校庭にあるバスケットゴールの裏手にひっそり日本兵が眠る場所があった。
実はこの場所が戦時中、日本軍が基地にしていた場所だったのだ。

戦争は間違った行為であった。
しかし日本人が国のために戦い、そして絶命し、今もそこで眠っていることを知った以上ご冥福を祈らずにはいられないのだ。
我々サーフィンバカたちは普段あまり見せることのないような神妙な面持ちで一同手を合わせた。

日本軍が戦争中に作った防空壕

日本軍が戦争中に作った防空壕

 そして、その小学校の道を挟んだ向かい側には、戦争中に日本軍が作った防空壕の跡があった。
防空壕といっても残っているのはただの穴にしか見えなかった。
灼熱の中、国のために戦っていた当時の若者たちはどのような思いでこの地にいたのだろうか。
呑気にサーフトリップで訪れた僕なんかでは想像すらできなかった。
でもきっと彼らには今我々がスバラシイと絶賛している風景は全く違ったものに映っていたに違いない。
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