※この手記は3月18日早朝まさしから届いたものです。
夜になって、急に交通量が増えた。
自衛隊も各種救援車両も、夜型なのかな。
いや、昼間は昼間で仕事してるんだろうな、皆さんお疲れ様です。
1人で運転しているといろいろなことが頭に浮かんでくる。
放射能を気にしながら外に出ることも
食料やガソリンの入手に苦労することも
停電時間を気にして1日のスケジュールを考えることも
こうして車に物資を詰め込んで連絡の取れない地域に突撃することも
1週間前には何一つ、想像すらしていなかったことだ。
なんなんだ、ここは本当に日本か?
一晩経てば、不安のない日常が、ふと戻ってくるんじゃないか。
そんなことを考えたり。
今は栃木の矢板北サービスエリア。
本当は昨日のうちにもっと進みたかったけど、福島の放射能のこととか、現地の治安のことを考えてここで寝てしまった。
高速が使えればすぐに着くかと思ったけど、現地に入ったら迂回ルートを調べながら進むから、結構時間がかかりそうだ。
今は午前5時。もうすぐ夜があける。
実はさっき音信不通だった父から電話があった。
まさし「よかった。生きてたんだね」
父「ああ。今こっちに向かってるんだって?きよのさんからメールが届いたよ。こっちはガソリンがなくて、帰れなくなるから引き返した方がいい」
まさし「大丈夫、帰りの燃料も十分持ってきたから」
父「そうか、俺は勤労者体育館の責任者の1人だからここを離れられない。母さんだけでも連れて帰れると、いいかもしれないな。」
そんなようなことを話した。
これから仙台に向かい、追加の物資を集荷する。
小学校時代の親友が僕の活動を知って、協力してくれるというのだ。
仙台も大変な状況だろうに、ありがたいこと。
それじゃあ、今日も1日、一生懸命生きましょう!
※この支援活動の一部始終は最後までこのサイトでアップしていきます。
現地に入ってしまうとなかなか情報が取れない可能性もありますが、情報が入り次第逐一記事を上げていきます。
また、今回の記事を読んでくださった多くの方から支援物資を送りたいという声が上がっております。
第2回SWP支援隊の際には皆さんからの支援が必要です。
詳細が決まり次第、当サイトにて支援物資の受け付け、また活動するための費用の募金などを行う予定です。
どうぞその際は皆様のご協力お願いいたします。
有本圭