SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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東北のサーフィンカルチャーは息絶えてしまうのか?(2) ~第2回SWP支援隊 活動レポートその6~

こんなにも大打撃を受けながらも、東北サーファーたちのサーフィンの灯は消えていないことを知った。(前回はこちら
石巻のサーフショップ『SEACRET』のオーナー黒須さんの話によると、周りのサーファーたちは一日も早くサーフィンをしたいという人と、もう当分海は見たくないという人にくっきり分かれているそうだ。
きっと被災したときの状況や、周囲の人たち安否にもよるのだろう。

石巻で合流したサーフィン業界で23年の歴史を持つメーカー、サーパストレーディングの小浜くん、林くんは被災地二日目には僕らと別れて仙台のサーフショップを巡った。
その時の模様をまとめたいと思う。

七ヶ浜 がけ崩れをおこしている

七ヶ浜 がけ崩れをおこしている

幸い、どこのサーフショップのオーナーさんも無事だったが、やはり多くのお店は跡形もなく流されてしまっていた。
仙台は被災地としてあまり大きくクローズアップされていないが、実際に街の様子を見てみると、とてつもなく大きな津波が襲ってきたことは明白だった。
仙台には日本有数のサーフスポット、仙台新港をはじめ、多くのブレイクが点在していた。
そして、そこには何軒ものサーフショップが存在していたのだ。

ビーチには大きなコンテナが転がっていた

ビーチには大きなコンテナが転がっていた

小浜くん、林くんは、10軒ほどのサーフショップのオーナーたちと会い、硬い握手を交わし、湘南から持っていった灯油と飲料水を渡すことができた。
皆さん無事ではあったが、それぞれが被災し、様々な状況に陥っていた。

仙台の老舗サーフショップ『マティーズ』のオーナー星さんも大津波の被害を受けた一人だった。
七ヶ浜にあるお店は、震災直後の数十メートルにおよぶ大津波に襲われ、丸ごと飲みこまれていった。
お店は跡形もなくなってしまい、残ったのはお店の看板だけだったそうだ。

マティーズの星さん。看板は残った

マティーズの星さん。看板は残った

絶望的な気分になり、生きる気力さえ失ってしまってもおかしくないような状況。
長年にわたって積み重ねてきたものが一瞬にして瓦礫と化してしまったのだ。

それでも星さんは諦めなかった。
大津波が去っていき、強い余震が続く中、一日も早い復興を願いながら愛する七ヶ浜のビーチに散乱するタイヤやゴミを拾い続けた。
ビーチクリーンなんていう生やさしいものではない。
それは、店は流されて無くなってしまったが、サーファーとして長年培ってきた自らの生き方を象徴しているように思えた。

逆に星さんに元気をもらいました!

逆に星さんに元気をもらいました!

「俺は何年かかってでも必ず復興してマティーズを復活させる。だからその日まで君たちもがんばっていてくれ。俺達が復活したときにサーフィン業界が廃れてしまっていたら俺達には希望がなくなってしまうんだよ。俺達サーファーはやっぱりサーフィンでしか元気になれない。だから君たちも遠慮なくサーフィンをして、セールスもガンガンして、会社も元気でいてくんなきゃ俺達も困るんだよ。それが俺達被災したサーファーの希望につながるんだから。」
星さんはこう語ってくれた。

僕は湘南に戻り、この話を小浜くんから聞いたとき、胸が熱くなった。
景気が悪いだの、状況が悪いだの、日本が危機だの、言ってる場合じゃない。
僕たちサーファー一人一人がしっかりサーファーであり続けることが、被災したサーファーたちの希望につながるんだ、ということを知った。

被災していないサーファーたちがサーフィンを諦めない限り、東北のサーフィンカルチャーは息絶えることはない。
僕はそう強く確信した。

おわり

※第2回SWP支援隊 活動レポートその7(最終章)へつづく

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