SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第14話 ~ゴロリと人生が動いた瞬間~

地球一周旅行で完全に海中毒症状が顕著になった僕はいつでもどんなときでも海を感じてないとダメな体になっていた。
都会の雑踏の中にいると呼吸が速くなり、胸が苦しくなり、手にじっとりと汗をかき、白目をむきそうになってしまうのだ。
まさに海中毒末期的症状。
僕はとにかく時間の許す限り家から一番近い湘南の海へと足繁く通い詰めていた。

海バカ初期時代の少年おじさん ~有本圭~

海バカ初期時代の少年おじさん ~有本圭~


ほどなくするとアルバイトもせずに海ばかり行っていた僕は、今度は極度の金欠症の症状が顕れ始めた。
さすがに22歳にもなった大の大人がこのまま仕事もせずにブラブラ親のスネをかじりながらサーフィンばかりするわけにはいかないという一般常識範囲内の意識も芽生え始めた。
そこで僕は持前の『単純まっすぐ思考』で「ならばいっそのこと海の近くで暮らしてしまおう」という考えに支配されはじめた。
しかし、海の近くで暮らすにも先立つものがない。
アパートを借りるようなお金はどこにもなかったのだ。

そこで、僕は「ならば海の近くで住み込みでできる仕事を探そう」という策を編み出した。
当時の求人雑誌『FROM A』を火金週2回欠かさず購入し、住み込み&海近、さらにはサーフィンする時間がありそうな仕事を物色し始めた。

探し始めてわかってきたことは、住み込みの仕事はそうそうないということ。
あるのはパチンコ屋か新聞屋。
僕はパチンコも新聞も好きではなかったが、住み込みで仕事を得て海の近くに住むにはその2択しかなかった。

朝がとても苦手だった僕は『新聞屋=朝が早い』というイメージが強かったので、ドラフト1位指名はパチンコ屋に決めた。
1995年7月22日、僕は茶色に染めていた髪を黒く染めて辻堂南口にあったパチンコ屋さんの面接を受けた。
いかにも不健康そうな青白い顔をした小太りの店長が僕に怪訝そうな視線を投げかけてきた。
どうやら『サーファー=しょうもない人種』という、まあある意味ではタダシイ見識を持つ人だったらしく、意地悪な質問をたくさん投げられた。
僕はなんとかうまくかわしながら応対したが、どうもあまりウケが良くないように思えた。
「では採用の場合は明日18時にこちらからお電話さしあげます」
と抑揚のない声で言われ、僕は席を立った。

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