SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第17話  ~いったいどこに流されていくのか!?~

「おう、有本っ。 そこに座れ」
とあの時以来例の来客用ソファに座らされた。
相変わらず叱られるネタは山ほどあった。
「仕事中にサーフィンしているのがバレたのか?」
今度こそ叱られる、と覚悟した。

「お前、ナット・ヤングって知ってるか?」
「は?、あ、はいっ、もちろん知ってます。」

どうやら叱られるのではなさそうだ、と胸をなでおろした。

ナット・ヤングは言わずと知れたサーフィン界のレジェンドだ。
オーストラリア出身で元ワールドチャンピオンの彼は、ロングボード全盛時代に極端に短いサーフボードに乗り始め、ショートボード革命を起こした張本人なのだ。
サーフィンが国技のオーストラリアでは、ナット・ヤングは日本でいうところの長嶋茂雄氏のような存在であるということを聞いたことがある。

「ナット・ヤングの息子がな、来週日本にくる。ボウ・ヤングという子なんだが、ロングボードをやっているそうだからお前が面倒見てやれ」
「は?僕がですか? あ、もちろんいいですけど・・・」
「それでボウ・ヤングをお前の家に泊めてやってくれ。一週間の滞在だから問題ないよな」
「え、僕の家にですか?」

その当時、僕は彼女とその妹の彼氏と3人暮らしを辻堂団地でしていた。
決して広くない部屋に若者3人がひしめきあって暮らしていたので、そんなところにかのナット・ヤングの息子さんがやってくるなんてとんでもないことだと思った。

「いやっ、僕の家はエアコンもないですし、ゴキブリもモリモリでますし、社長の家に泊めてあげた方が快適なはずです。僕の家はやめておいたほうがいいですよ」
「ロングボードをやってるんだからお前の家にいるのが一番いいからそうしてやってくれ。エアコンなんてなくたって大丈夫さ」

と僕の意見など聞き入れる気はさらさらないらしく、結局僕の家にナット・ヤングの息子ボウ・ヤングがやってくることになった。
知ってる方も多いと思うが、このボウ・ヤングは2000年、2003年に2度のワールドチャンピオンに輝いている世界的なサーファーなのだが、そのころはまだ無名で、あくまでもナット・ヤングの息子というだけであった。

福島第一原発にほど近いポイントで ~有本圭~

福島第一原発にほど近いポイントで ~有本圭~


こんな風にして僕の目の前には色々と想像もしなかったような出来事が次々と起こり始めていた。
辻堂に移住してから約2年。
パチンコ屋さんで住み込みのアルバイトをしていた頃が遠い遠い過去のように感じられた。

つづく

(有本圭)

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