SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第17話  ~いったいどこに流されていくのか!?~

僕がソファに浅く座っていると、社長がいつになくニコヤカなやわらかい表情で小さなガラスのテーブルをはさんだ向かい側に深く腰をかけた。

「どうだ、最近は?」
「あっ、まあ一応なんとかがんばってます」
「そうか。 なんか最近ロングボードがやたら売れてるそうだな」
「あ、はい、そうですね。ちょっとしたブームみたいで、最近は良く売れるようになりました。」

ちょうどそのころ、ロングボード界にジョエル・チューダーというスーパースターが現れたことで、ロングボードがリバイバルし、ボードが飛ぶように売れ始めていた。
『ロングボード=オヤジの乗るもの』というイメージから『ロングボード=クラシックでカッコイイもの』に変わりつつあったのだ。

「どうだ、ロングボードの専門店をやってみないか?お前が店長をやって仕入やスタッフ管理、店のレイアウト、全てを任せる。好きなようにやっていい。どうだやってみる気はあるか?」

僕は信じられない思いで社長の言葉を聞いていた。
なぜなら今までロングボードを最もバカにしていたのは他でもない社長本人だった。
「ロングなんて売れるのかよ」
というのが社長の口癖だったのだ。
きっと社長は商売としてロングボードに目を付けた、ということだったのだと思う。
しかし僕は『社長がロングボードを認めた』というふうに受け取り、そのことが何よりうれしかった。

「もちろんやらせてください。やりたいです!」

なんの迷いもなくそんな言葉を反射的に発していたと思う。
新米の僕がロングボードの専門店の店長としてお店を一軒任されるということがこの上ない幸運のように感じた。

ロングボード店オープン当時のスタッフ ~今村~

ロングボード店オープン当時のスタッフ ~今村~

約1ヶ月の準備期間を経て、1996年10月5日、現在辻堂のHURLEYのお店の場所に『Proud Mary Longboard店』をオープンさせた。
10時のオープンと同時に、当時大好きだったハワイのミュージシャン『Naleo』のアルバムをかけた。
曲が流れると、お店が優しい朝の空気に包まれたように感じたのを今でもよく覚えている。
お客さんが来てくれるか心配だったが、オープンと同時に様々な人たちが来てくれて、大忙しのうちに初日の閉店を迎えた。
ロングボードが何本か売れて、売上予算を達成し重くのしかかっていた重圧から解き放たれた瞬間だった。
売上予算が取れたこともうれしかったが、自分のやりたいように仕事ができることが何よりうれしかった。

そのお店のオープンと時を同じくして、ロングボードブームはブームではなくなり、大きなムーブメントになっていた。
そんな流れに乗じて辻堂初のロングボード専門店は徐々に軌道に乗っていった。
お店が海のそばにあったことも手伝って、たくさんのサーファーの友達ができて、辻堂の海に入れば必ず知り合いに会うようになっていた。
すっかり辻堂サーファーの一員になっていた僕はお店の切り盛りと並行して、サーフィンにも本気で取り組んでいた。
シフトを決めるときは、波が上がりやすい大潮の日を選び、湘南に波がなければ千葉、茨城、福島、伊豆などどこにでも足を運んだ。
お店のシフトに入っているときは、オープン前にきっちり海に入っていたし、波が良ければバイトの子にお店を任せて仕事中に海に入ることもあった。

お店をオープンしてから最初の夏がやってきたころ、僕は再び社長室に呼び出された。

>> 次のページ >> 今度こそ叱られるのか!?

ページ: (1) (2) (3)

タグ: , , , ,

Facebook Comments:



© 2010 SWP | サーフィンと海遊びのブログマガジン. All Rights Reserved.

出欠管理・スケジュール管理に『サークルスクエア』

http://wakutuku.jp/