SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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常夏ではどこに記憶がひもづくのか?

今日ももちろん『夏』なバリ島

今日ももちろん『夏』なバリ島


日本ではちらほらと桜が咲き始めているようだ。
桜の季節。
目を瞑る。
胸が締め付けられていく。
ボクは学ランを身にまとい、校庭で朝礼に出ている。 
この後に控えるクラス替えで好きな女の子と同じクラスになれるかどうかの一世一代の大勝負が待っている。
この一年を左右する一大イベントだ。
元の教室に入り、クラス替えのプリントが配られるのを浮つく心を抑えて待ち構える。
プリントがまわってくる。
ア行で自分の名前を探す。
これは案外すぐにみつかる。
有本。
あ、2組か。
そしてあの子の名前は・・・
あ〜〜〜。
今年もダメだったか〜。
え〜と、2番目にお気に入りのあの子は・・・
あ〜〜〜〜。
こっちもだめ?
たいがいこういった恋愛運的なものには見放され気味だったボクは毎年この季節に肩を落とすというのが恒例となっていたのだ。
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告白

2016年3月11日

2016年3月11日


3月11日。
特別な思いを抱きながら5回目のこの日を迎えた。
この日の出来事は我々多くの日本人に大きな影響を与えた。
この日を境に人生を変えていった人たちは少なくないだろう。
そして実はこのボクにとってもこの日の出来事がその後の進路に大きな影響を与えていたのだ。

2011年3月11日。
ボクは湘南の海岸線ルート134号線を辻堂から逗子に向かって走っていた。
ちょうど大崎の岬を越えたあたりで海の異変に気がついた。
海の動きになんだか普段と違う何かを感じたのだ。
と、同時に強い揺れを感じたのでラジオをつけてみた。
すると・・・

それからの1ヶ月はすべての仕事がストップし、生活のすべては震災に向けられた。

身ごもっている妻を関西に避難させた。
冬の停電も経験した。
被災地にも出向いた。
たくさんの悲しみに触れた。
絶望に触れた。
怒りにも触れた。

ボクは目の当たりにしたとてつもない自然の威力の前に、そのまま平然と生きていくことができなくなってしまった。
人生についてもう一度考え直さなくてはならなくなったのだ。
そしてそれは今まで経験したことのないくらい深淵なるものになっていった。
理由は明らかだった。
『死』というものをすぐ近くに感じてしまったのだから。
そして、そのときの気づきや学びはその後の人生を加速させることになったのだ。

死はいつでも隣合わせ。
人生に『まさか』はある。
だからこそ生きている『今』というこの時を大切に生きようと。

ボクはかねてからの夢であった海外生活を家族とともにすることを決断した。
「いつかは海外で」を「いついつから海外で」にシフトチェンジしたのだ。
そして最初に頭に浮かんできた移住先がバリ島だった。
波があって、常夏で、ちゃんと子育てができる場所、という条件に当てはまる数少ない候補地の一つだった。
単身1ヶ月半、リサーチと称してどっぷりバリ島の魅力にとりつかれ、そして現実的に暮らせることを確認した。
そして今、ボクは上半身裸でうっすら汗をかきながらバリ島の自宅のデスクでパソコンと向き合いながらそのときの決断が間違っていなかったことをしみじみと実感しているのだ。

あの日、あの時起きたことは悲しみでしかない。
しかし、起きたことをきっかけにどのように生きていくかは我々自身に委ねられている。
ボクはこのときの決断の結末がいつもハッピーエンドになるように、残された『生』を精一杯生きていこうと思うのだ。

黙祷

有本圭

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不思議な感覚が

ニュピの朝、何気なく撮った写真に不思議な光の筋が

ニュピの朝、何気なく撮った写真に不思議な光の筋が


お正月。
気持ちを新たにする神聖な日である。
365分の1とは言い難い特別な日なのである。

お正月は通常一年に一度だけやってくる日なのであるが、バリで暮らし始めたことで二度味わうことができるようになった。
これはバリに住んでみて良かったと思えることベスト3に堂々ランクインする出来事なのである。

1月1日には何かといろいろ目標を立ててみたり、決意してみたりする日だ。
鼻息荒く「よーしっ」なんて具合に気合が入ったりしてしまう。
しかし、2ヶ月も過ぎてしまうとそんなこともすっかり忘れて元の怠惰な生活に戻っていたりするのが世の常である。
そんな倦怠期真っ只中の昨日、絶妙なタイミングでやってきたのがバリ島サカ暦のお正月『ニュピ』なのである。

ニュピはバリ人にとって特別な一日だ。
どれくらい特別かというと、この日は終日外出、灯火が禁じられている。
車が走るようなこともない。
バイクだってそうだ。
飛行機だって飛ばない。
街は完全に静まりかえる。
排気ガスは消え、混じり気のない空気が蘇る。
騒音も消え、鳥のさえずりと波の音だけが耳をかすめる。
心静かに穏やかに過ごすのがニュピという日なのである。

この日を避けてバリ島から脱出する人も少なくない。
考えようによっては窮屈なのかもしれないな。
しかしボクはこのニュピという日が大変気に入っている。
だってそうでしょ。
何もしなくてもいい一日。
終日家族が共に過ごせる日。
何かと忙しいこのご時世でそんなことができるのはこの日くらいなものなのだ。

>> 次のページは >> 今までに感じたことのない感覚が・・・

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気持ちを言葉に乗せることで

小ぶりながら遊べる波でした

小ぶりながら遊べる波でした


一日中デスクワークをしていると脂分の多い汗が全身を覆いつくす。
ギットリとした汗を海に流してしまいたいという衝動にかられたボクはベランダから見える背の高い2本の椰子の木に目をやった。
そいつが揺れていると波のコンディションもイマイチのことが多い。
どうやら風の心配はなさそうだ。
スウェルは小さめの予報が出ていたのでビーチに向かうことにした。
とにかくなんでもいいから海に浸かりたい、そんな心境だったのだ。

夕方のバリ島は帰宅の車とバイクで道路が埋め尽くされる。
交通ルールもへったくれもない。
少しでもスキを見せると雪崩のように無遠慮に割り込んでくる。
普段、どこまでものんびりと過ごしている彼らはハンドルを握ると人が変わってしまう。
なぜなのだろうか。
イライラに支配されないように100円で手に入れたコピーもののボブ・マーレーのCDをかけて心を落ち着かせた。

路上に車を停め、波の様子を眺めた。
サイズはコシくらいだろうか。
サーファーの姿もまばらだった。
車には常にロングとショートを1本ずつ積んであるのだが、迷わずロングボードを車から引き抜いた。
ボードケースを脱がせ、ワックスもそこそこにボードを抱えて海へと吸い込まれていった。
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サマサマ号でゆく北マルクボートトリップ Vol2 さらば文明社会

ビニールテープ・・・ですよね?

ビニールテープ・・・ですよね?


夕刻、バリ島の空港を飛び立ちインドネシアの北東部に位置するテルナテ空港へ降り立ったのは翌早朝であった。(前回はこちら
2時間の時差もあり、もはや国内旅行の範疇を軽く超える移動であった。
空港で荷物を受け取りゲートをくぐるとおにぎり型の山がデーンとそびえ立っていた。
その姿を目の前に、もう本格的にすんごいところに来てしまったんだな、とややたじろいでしまった。

空港には我々が約1週間お世話になるサマサマ号のスタッフが出迎えてくれていた。
さっそく車にサーフボードを括り付けていざ出発!と言いたいところであるが、我々7人分のサーフボードは頼りない細っそりとしたビニールテープで縛られていった。
不安にきまっている。
大丈夫なのか?
色とりどりのビニールテープに大切なサーフボードの命を預けるには心許なく、力の限りで手でボードケースを押さえながらの走行となった。
そんな模様をフェイスブックにアップすると「そんなんアカンやーん」的なコメントが続々と入ってきた。
いただいたコメントに返信しているうちに徐々に電波が弱わまり、最後には無情の『圏外マーク』が灯った。
それは文明社会との遮断生活へ突入したことを意味した。
ただ波を求めて東西南北上下右左と船に揺られるサーファー的シンプルライフが始まるのである。

>> 次のページ >> え? 悲しいお知らせが・・・

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人生を変えた『旅』への思い

南のどこかの島で

南のどこかの島で


今から22年前。
ボクが21歳の若者だったころ。
早送りのようにザザーッと世界を見る機会に恵まれた。
3ヶ月で地球をぐるりと一周する船旅に参加する機会を得たのだ。
一つ一つの寄港地には1泊からせいぜい3泊まで。
アジア、ヨーロッパ、アフリカ、中南米、アメリカ大陸。
その3ヶ月で約20の国々を見てまわった。
21歳の若者にとってその旅はその後の人生を大きく変えるほどのインパクトを残していったのだった。

『赤道』なんてものはあくまでも地図上のもので、赤い道なんてものは海の上に走っていないことを知った。
国境があることを知った。
いろんな人種が生きていることを知った。
肌の色が違っても、通じ合える心があることを知った。
地球が丸い星であることを知った。
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『死』に近づいた日 

都会の真ん中で・・・

都会の真ん中で・・・


実は恥ずかしながら前回帰国時に、ボクは遭難しかけた。
しかも東京のど真ん中で。
もし仮にあと3分外に放置されていたらボクは本当に命を落としていたかもしれない。
大げさなんかではなく、本当に死に直面した瞬間だったのだ。

常夏の島バリから4ヶ月ぶりに帰国した。
久方振りの冬の到来であった。
ボクの体はすっかり常夏仕様になってしまっていたようだ。
基本スタンスとしてかなりユルめの設定であったことは否定のしようがない。
冬の厳しさがすっかり頭から抜け落ちてしまっていたのだった。

深夜2時過ぎ。
ボクは友人に別れを告げてマンションのエレベーターに乗り込んだ。
ダウンコートは着ていたが前のボタンは外していた。
ロンTにダウン。
その日の寒さを考えれば軽装であった。
駐車場まで約500m。
完全に油断していた。
寒さというものを忘れてしまっていたボクは何の気なしにエレベーターを降りて歩道を歩き始めた。
100mほど歩いたころだっただろうか。
急激に寒気が走った。
今までに経験したことのない激しい寒気。
寒気は震えに変わり、身体中を駆け巡った。
最初は手が震だし、そのうち腕、上半身、足、顔と全身が激しく震え始めてしまった。
震えは勢いを増し、もう自分ではどうすることもできなくなってしまったのだ。
>> 次のページ >> 九死に一生!?

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やっぱりな・・・からの、まさかっ

夕方のセッションにて・・・

夕方のセッションにて・・・


サーフィンには世界共通のルールがある。
サッカーにおいていきなりボールを手で拾い上げて走り出すことが反則であるようにサーフィンにも反則行為が存在している。
ルールを知らないで海に入るのは無謀というもの。
場合によっては一発レッドカードで退場なんてこともありえるのである。

先日こんなことがあった。
その日の夕方、潮の上げ込みとともにスウェルがアップし、素晴らしいレギュラーの波がブレイクしていた。
風も止み、まさにパーフェクトなコンディション。
サーファーは15人くらいだっただろうか。
このスポットは基本的にエキスパートサーファーが多いため波取りは大変なのだが、秩序は保たれている。
そういう意味ではやりやすいスポットともいえるのだ。

そんなセッションの最中、一人の大男がパドルアウトしてきた。
彼の体に対しても大きすぎるサーフボードが目に付いた。
アゴをサーフボードに押し付けながらパドルする姿はいかにもマズそうな気配を感じさせた。
しかも一見してヤバそうな雰囲気。
太もものような二の腕にはイカつい龍がくねっており、背中には2丁の拳銃が描かれていた。
それに加えて密度の濃いアゴヒゲときたもんだ。
口から火でも吹きそうな悪役的プロレスラーを連想させた。
どうみても好戦的なムード。
「まじかよー」
ボクは心の中でつぶやいた。
頼むから絡んできてくれるなよ。
そんなふうに強く思っているときに限って不思議と引き寄せてしまうものだ。
この日もそんなふうになってしまったのだった。
>> 次のページ >> やっぱりか・・・

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朝のうんこ枠?

うんこ枠を取りに行きますよ〜(笑)

うんこ枠を取りに行きますよ〜(笑)


Saltwater players、このウェブマガジンの名前である。
ウェブマガジンといってもほぼ私有本圭個人のブログ化してしまっているのが現状だ。
まあ別にブログだろうがウェブマガジンだろうがどどちらでも構わないのであるが、なんやかんやとこんな活動をもう5年も続けている。
震災直後、いち早く被災地に向けて行動し、熱い共感をいただいたりもした。
Supがまだ浸透し始める前の2010年から2011年、パドル片手にいろいろな所を旅してまわった。
バリ移住の準備から実行、生活までをなんとなくは書いてきたつもりだ。
5年も続けているとやはり多少なりとも『思い入れ』なんてものが生まれていたりするのだ。

先日、バリで出会った日本人サーファーの方に衝撃の一言を発せられた。
「いつも読んでるよ、朝うんこしながら」と。
これにはもう思わず吹きだして笑いが止まらなくなってしまった。
すると、「だってちょうどいいんだよ。内容の軽さが」と。
自分なりには熱い思いを込めて書いていたりする部分もあるのだが、その記事がうんこを踏ん張りながら読まれていると想像すると笑いが止まらなくなてしまったのだ。

これはいい。
朝うんこしながら読んでもらう。
これをコンセプトにしようではないか。
>> 次のページ >> 目指すはうんこタイムデザイナー?

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サマサマ号でゆく、北マルクボートトリップ Vol1 ピリッとピリッと

昨年のDiscovery Indonesiaにて

昨年のDiscovery Indonesiaにて


ナンダカンダと言いながらも今年も旅に出るわけである。
昨年、『Discovery Indonesia』と銘打って雑誌Blue.の取材を兼ねてインドネシアの秘境を旅してまわった。
この旅を主催するOMツアーの丹野さんから「来年もボート乗る?」と声をかけてもらうと後先考えずに「いくいく!」と激しく食いついてしまった。
旅を愛するサーファーの悲しいサガを熟知した丹野さんの罠、人呼んで「丹野マジック」にまんまと引っかかってしまったというわけなのである。

「でね」とあやしく目を光らせる丹野さん。
「一応有本さん、一回行ってるわけだし、インドネシア語もしゃべれるわけだから乗船するお客さんが困ってたら助けてあげてくださいね」と畳み掛けてきた。
「もちろんですよ」と快諾するボク。
するとおもむろに今回の旅の資料などをまとめたファイルを差し出してきた。
説明は続く。
諸々続く。
いつの間にか、ボクがアテンド役をするという流れになっているではないか!
さすがはベテランである。
手口が巧妙だ。
でも旅に行かせてもらえるわけである。
「やりますやります、なんでもやります! 波も譲りますし、後片付けだって掃除だってなんだってやります!」
気がつくとボクはそう答えてしまっていたのだ。
これこそが丹野マジックの真骨頂。
完全に術中にハマってしまったというわけなのである。
というわけで、あれよあれよのうちにサマサマ号でいくインドネシア秘境の旅に吸い込まれていったのであった。
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