SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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ベビ子物語vol 56  〜中年おじさん、深夜にモホホと含み笑い〜

少しずつ背中が遠くに・・・

少しずつ背中が遠くに・・・


なんだかんだと旅ばかり繰り返しているうちにお父さんとしての存在感と頭頂部周辺がすっかり薄れてしまっている今日この頃。
たまに家に帰ったところで以前のようにわかりやすくテンションを上げてこないベビ子を目の前に愕然と立ち尽くすボク。

どうした? オトーが帰ってきても嬉しくないのか?
どうかテレビから目を離してオトーのほうを向いてくれ。
その可愛らしいぷっくりとした笑顔をボクに向けておくれ。

そんな悲痛なる胸の内の叫びなど届くはずもなく、娘はテレビに釘付けとなっているのだった。

そんな絶望の淵に立たされているボクに、ちょっとしたうれしい出来事があった。
先日のボートトリップの写真をベビ子と2人で見ているときのこと。
突然ベビ子がこんなことを言い出した。
「オトーと一緒にボートトリップ行きたい」
「え? ほんと?」
「行ってもいい?」
「いいよいいよ、もちろんいいよ。大きくなったら行こうね」
「やだっ。今いくーーー」

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素敵なローカリズム

いつも陽気なKick隊長と

いつも陽気なKick隊長と


大型連休最後の2日間、旅からバリに戻ったボクは日本から遊びにきていた友人に付き合っていつものスポットにパドルアウトした。
しかしピーク周辺は想像以上に混雑を極めていた。
いつでもバリでサーフィンができる、という立場のボクにまわってくる波は皆無で、いつもなら「ケイ,Go Go」と波を譲ってくれるロコサーファーたちも自分たちのお客さんを波に乗せることで精一杯の様子だった。
ポイントが混雑すればトラブルが多発し、揉め事なんかも生まれる。
そんなところにねじ曲がったローカリズムなんかが絡み合ってしまうともうどうにも収集がつかなくなってしまう。

さっきの波は俺の波だった、だとか、いやいや前乗りしたのはお前のほうだ、だとか。
お前はどこから来たんだ?
俺はここの者だ。
俺もここの者だ。
何丁目だ?
3丁目だ。
俺の家のほうが海に近い!
うちはひい爺ちゃんの時代からここに住んでいる。

もういったいなんの争いだ?
途中からワケがわからなくなり、グジャグジャのドロンドロンな状態になってしまったりするのだ。

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サマサマ号でゆく北マルクボートトリップ vol3 さあ、波はいかに!?

我らがサマサマ号

我らがサマサマ号


ボートトリップとはある意味究極のサーフトリップの形といってもいい。
何しろ船に乗ってさえしまえば、キャプテンがスウェルと風を見ながらポイントをチョイスしてそこまで船を動かしてくれる。
船に乗っているだけでポイントの横までたどり着いてしまう。
移動中は海を眺めながらボーッとしていればいい。
酒を喰らってもいいし、仲間たちと馬鹿話に花を咲かせてもいい。
読書にふけっていてもいいし、人生についてあれこれと思いを巡らせてもいい。
ポイントを探す苦労なんてものは一切ないわけで、サーフィンにフォーカスすることができる。
サーファーにとっては最高に贅沢な旅なのである。
そんなことを理解できるはずもない我がド天然嫁に言わせると、「よく船になんて1週間も乗ってられるよね。私だったらお金をもらっても絶対嫌だわ」となってしまうのであるが、所詮サーファーでないとわからない世界なのだ。
とにかくまあそんなわけで港を出港したサマサマ号はゆったりとポイントへと向けて動き始めたのであった。

北マルク、インドネシア人からいわせると『マルクゥ〜』なのであるが、インドネシアのくせに太平洋に面している。
インドネシアといえばインド洋というイメージが強いのであるが、実は太平洋に面している場所がある。
そんなマニアックな場所をサマサマ号はジワジワとポイントへの距離を詰めていく。
今回はどんな波と出会えるのだろう。
ボートトリップでは最初のポイントに着く前というのが胸がズキズキ痛むほどワクワクしてしまう。
いい年したオッサンがワクワクするなんて少々見栄えが悪いのであるがこればっかりは仕方ない。
ワクワクしちゃうもんはしちゃうのだ。
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海は誰のもの?

海は、波は誰のものでしょうか?

海は、波は誰のものでしょうか?


海は誰のものだろう。
波は一体誰のものだ?
果たしてビーチは誰かのものなのだろうか。
みんなのもの?
ボクはこう思う。
海やビーチは誰かのものであったりしない。
ましてやみんなのものでもない。
海は海であり、波は波である。
人間が所有できるようなものではない。
なぜならそれは偉大なる自然そのものだからだ。
人間はあくまでもその自然の一部であって、本質的にはそれを所有したり支配下にすることなどできるはずもない。

先日、サーフィンをしていてこんな光景に出くわした。
「出て行け! 上がれよ! 2度とここに来るんじゃねえ!!」
とあるサーファーが鬼の形相で怒鳴りちらしていた。
原因は些細なことだったと思う。
怒鳴っていたサーファーが乗ろうとした波にパドルしてしまった。
前乗りしたわけでもない。
決して褒められるような行為とは言えないが、そこまでする必要があるのか?とボクは思ってしまった。
まあ、当人同士にしかわからない他に何かがあったのかもしれない。
しかしたとえ何があったにしても「2度と来るな」なんてことを言う権利は誰にもないはずだ。
だってそこの海はその怒鳴っていたサーファーの持ち物では決してないのだから。
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日本在住外国人サーファーが抱いた日本の印象

雨季もなんのその、今年のウェストサイド。

雨季もなんのその、今年のウェストサイド。


今年のバリ島は雨季にも関わらずウェストサイドでサーフィンを楽しめることが多かった。
例年であれば2〜3ヶ月オンショアが吹き続けるのであるが今年に限ってはほとんど吹かなかったのだ。
これも異常気象なのだろうか。
エルニーニョが影響しているという説もあるが真相はわからない。

つい先日もウェストサイドのエアポートリーフで波乗りを楽しむことができた。
その日は快晴でサーファーの姿も決して多くなかった。
波のサイズは肩からオーバーヘッド。
ほぼ無風のパーフェクトなコンディションだった。
そのセッションでは『彼女』を除いて全員が男だったこともあり、彼女の存在感は際立っていた。
真っ赤なビキニも良く似合っていたし、少し怖がりながら波に乗っている姿もなんだか愛らしかった。

「どこから来たの?」
ゲッティングアウトするタイミングが重なった時に自然に声をかけた。
あ、ナンパのエピソードを自慢しているわけではない。
なんとなく目が合って、そういう流れになったにすぎない、と言い訳しておこう。

「ニュージーランドよ」
彼女は笑顔で答えてくれた。
「ボクは日本から」
軽く自己紹介。
「私、日本大好きよ」
「え?なんで?」
自分のことを好きと言われているようでドギマギしてしまった。
「なんで? ・・・ えーと、私今日本に住んでいるのよ」

ほお、このニュージーランドからやってきた娘さん、日本に住んでいるという。
これはまさにチャーンス。
ん?
なんのチャンスだ?
この場ではそんな下心はなかった、という正しいサーファーの姿を装うことする。

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常夏ではどこに記憶がひもづくのか?

今日ももちろん『夏』なバリ島

今日ももちろん『夏』なバリ島


日本ではちらほらと桜が咲き始めているようだ。
桜の季節。
目を瞑る。
胸が締め付けられていく。
ボクは学ランを身にまとい、校庭で朝礼に出ている。 
この後に控えるクラス替えで好きな女の子と同じクラスになれるかどうかの一世一代の大勝負が待っている。
この一年を左右する一大イベントだ。
元の教室に入り、クラス替えのプリントが配られるのを浮つく心を抑えて待ち構える。
プリントがまわってくる。
ア行で自分の名前を探す。
これは案外すぐにみつかる。
有本。
あ、2組か。
そしてあの子の名前は・・・
あ〜〜〜。
今年もダメだったか〜。
え〜と、2番目にお気に入りのあの子は・・・
あ〜〜〜〜。
こっちもだめ?
たいがいこういった恋愛運的なものには見放され気味だったボクは毎年この季節に肩を落とすというのが恒例となっていたのだ。
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告白

2016年3月11日

2016年3月11日


3月11日。
特別な思いを抱きながら5回目のこの日を迎えた。
この日の出来事は我々多くの日本人に大きな影響を与えた。
この日を境に人生を変えていった人たちは少なくないだろう。
そして実はこのボクにとってもこの日の出来事がその後の進路に大きな影響を与えていたのだ。

2011年3月11日。
ボクは湘南の海岸線ルート134号線を辻堂から逗子に向かって走っていた。
ちょうど大崎の岬を越えたあたりで海の異変に気がついた。
海の動きになんだか普段と違う何かを感じたのだ。
と、同時に強い揺れを感じたのでラジオをつけてみた。
すると・・・

それからの1ヶ月はすべての仕事がストップし、生活のすべては震災に向けられた。

身ごもっている妻を関西に避難させた。
冬の停電も経験した。
被災地にも出向いた。
たくさんの悲しみに触れた。
絶望に触れた。
怒りにも触れた。

ボクは目の当たりにしたとてつもない自然の威力の前に、そのまま平然と生きていくことができなくなってしまった。
人生についてもう一度考え直さなくてはならなくなったのだ。
そしてそれは今まで経験したことのないくらい深淵なるものになっていった。
理由は明らかだった。
『死』というものをすぐ近くに感じてしまったのだから。
そして、そのときの気づきや学びはその後の人生を加速させることになったのだ。

死はいつでも隣合わせ。
人生に『まさか』はある。
だからこそ生きている『今』というこの時を大切に生きようと。

ボクはかねてからの夢であった海外生活を家族とともにすることを決断した。
「いつかは海外で」を「いついつから海外で」にシフトチェンジしたのだ。
そして最初に頭に浮かんできた移住先がバリ島だった。
波があって、常夏で、ちゃんと子育てができる場所、という条件に当てはまる数少ない候補地の一つだった。
単身1ヶ月半、リサーチと称してどっぷりバリ島の魅力にとりつかれ、そして現実的に暮らせることを確認した。
そして今、ボクは上半身裸でうっすら汗をかきながらバリ島の自宅のデスクでパソコンと向き合いながらそのときの決断が間違っていなかったことをしみじみと実感しているのだ。

あの日、あの時起きたことは悲しみでしかない。
しかし、起きたことをきっかけにどのように生きていくかは我々自身に委ねられている。
ボクはこのときの決断の結末がいつもハッピーエンドになるように、残された『生』を精一杯生きていこうと思うのだ。

黙祷

有本圭

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不思議な感覚が

ニュピの朝、何気なく撮った写真に不思議な光の筋が

ニュピの朝、何気なく撮った写真に不思議な光の筋が


お正月。
気持ちを新たにする神聖な日である。
365分の1とは言い難い特別な日なのである。

お正月は通常一年に一度だけやってくる日なのであるが、バリで暮らし始めたことで二度味わうことができるようになった。
これはバリに住んでみて良かったと思えることベスト3に堂々ランクインする出来事なのである。

1月1日には何かといろいろ目標を立ててみたり、決意してみたりする日だ。
鼻息荒く「よーしっ」なんて具合に気合が入ったりしてしまう。
しかし、2ヶ月も過ぎてしまうとそんなこともすっかり忘れて元の怠惰な生活に戻っていたりするのが世の常である。
そんな倦怠期真っ只中の昨日、絶妙なタイミングでやってきたのがバリ島サカ暦のお正月『ニュピ』なのである。

ニュピはバリ人にとって特別な一日だ。
どれくらい特別かというと、この日は終日外出、灯火が禁じられている。
車が走るようなこともない。
バイクだってそうだ。
飛行機だって飛ばない。
街は完全に静まりかえる。
排気ガスは消え、混じり気のない空気が蘇る。
騒音も消え、鳥のさえずりと波の音だけが耳をかすめる。
心静かに穏やかに過ごすのがニュピという日なのである。

この日を避けてバリ島から脱出する人も少なくない。
考えようによっては窮屈なのかもしれないな。
しかしボクはこのニュピという日が大変気に入っている。
だってそうでしょ。
何もしなくてもいい一日。
終日家族が共に過ごせる日。
何かと忙しいこのご時世でそんなことができるのはこの日くらいなものなのだ。

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気持ちを言葉に乗せることで

小ぶりながら遊べる波でした

小ぶりながら遊べる波でした


一日中デスクワークをしていると脂分の多い汗が全身を覆いつくす。
ギットリとした汗を海に流してしまいたいという衝動にかられたボクはベランダから見える背の高い2本の椰子の木に目をやった。
そいつが揺れていると波のコンディションもイマイチのことが多い。
どうやら風の心配はなさそうだ。
スウェルは小さめの予報が出ていたのでビーチに向かうことにした。
とにかくなんでもいいから海に浸かりたい、そんな心境だったのだ。

夕方のバリ島は帰宅の車とバイクで道路が埋め尽くされる。
交通ルールもへったくれもない。
少しでもスキを見せると雪崩のように無遠慮に割り込んでくる。
普段、どこまでものんびりと過ごしている彼らはハンドルを握ると人が変わってしまう。
なぜなのだろうか。
イライラに支配されないように100円で手に入れたコピーもののボブ・マーレーのCDをかけて心を落ち着かせた。

路上に車を停め、波の様子を眺めた。
サイズはコシくらいだろうか。
サーファーの姿もまばらだった。
車には常にロングとショートを1本ずつ積んであるのだが、迷わずロングボードを車から引き抜いた。
ボードケースを脱がせ、ワックスもそこそこにボードを抱えて海へと吸い込まれていった。
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サマサマ号でゆく北マルクボートトリップ Vol2 さらば文明社会

ビニールテープ・・・ですよね?

ビニールテープ・・・ですよね?


夕刻、バリ島の空港を飛び立ちインドネシアの北東部に位置するテルナテ空港へ降り立ったのは翌早朝であった。(前回はこちら
2時間の時差もあり、もはや国内旅行の範疇を軽く超える移動であった。
空港で荷物を受け取りゲートをくぐるとおにぎり型の山がデーンとそびえ立っていた。
その姿を目の前に、もう本格的にすんごいところに来てしまったんだな、とややたじろいでしまった。

空港には我々が約1週間お世話になるサマサマ号のスタッフが出迎えてくれていた。
さっそく車にサーフボードを括り付けていざ出発!と言いたいところであるが、我々7人分のサーフボードは頼りない細っそりとしたビニールテープで縛られていった。
不安にきまっている。
大丈夫なのか?
色とりどりのビニールテープに大切なサーフボードの命を預けるには心許なく、力の限りで手でボードケースを押さえながらの走行となった。
そんな模様をフェイスブックにアップすると「そんなんアカンやーん」的なコメントが続々と入ってきた。
いただいたコメントに返信しているうちに徐々に電波が弱わまり、最後には無情の『圏外マーク』が灯った。
それは文明社会との遮断生活へ突入したことを意味した。
ただ波を求めて東西南北上下右左と船に揺られるサーファー的シンプルライフが始まるのである。

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