SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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Keep surfingがもたらすもの

これを得るためにバリに移住しました

これを得るためにバリに移住しました

サーフィンはボクの人生のすべてとまでは言わないが、やはりほとんどすべてと言っていい。

少々大げさに言ってしまえば『すべて』ということでいいのではないだろうか。

 

プロサーファーとしての何年かを過ごし、その後会社経営に携わりながらもサーフィンと向き合い続けてきた。

東日本大震災をきっかけにもう一度自分の人生を見つめ直すことになった。

人間、いつ死ぬかわからないことを身を持って実感したのだ。

いったい自分は何を求めて、何を欲しているのか。

それは西麻布に住むことでも、フェラーリに乗ることでもなかった。

その答えはごくシンプルなものだった。

常夏で波のある場所で家族とともに時間に縛られずに暮らしていきたい。

そしてそれはその気にさえなればそのときにすぐに叶うことだった。

いつ、何が起きて、人生なんてどうなってしまうのか予測すらつかないことがはっきりとわかってしまった以上、すぐに行動に出なくてはならないと思った。

先延ばしにしている時間的な余裕などないのだ。

 

というわけで2012年にバリ島にやってきたわけであるが、大人になってからの人生を振り返ってみるといつもライフの真ん中にいつもサーフィンがあった。

サーフィンがなかったら湘南で暮らすこともなかったし、わざわざ事務所を海の目の前に構えたりもしなかった。

世界中を旅することもなかったかもしれない。

 

多くの友人たちはサーフィンを通じて出会った。

サーフィンが運んできてくれた人々が今のボクを支えてくれている。

テイクオフがどうとか、ボトムターンがああとか、スキル的な部分もいろいろあるが、サーフィンを続けていくこと、つまり『keep surfing』がもたらしてくれるものは思った以上に大きい。

それは最高の仲間達であったり清々しい瞬間だったり、自然を感じ取れる時間だったり。

もちろん仕事だって運んできてくれる。

波と一緒にいろいろなポジティブを運んできてくれるのがサーフィンなのだ。

だから何はともあれKeep surfingなのだ。

 

最後まで読んでくれてありがとうございます。

ちなみに今日は貸切りエアポートレフトでした。感謝感謝。

 

有本圭

※facebookアカウントKei Arimotoでは友だち上限に達してしまったため、『フォロー』という形でこれからも皆さんと繋がっていけたらと思ってます。

インスタグラムkeiarimotoではバリ島ライフをほぼ毎日アップしてます。こちらも是非フォローしてくださいね!

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過去を振り返り、今と向き合い、次の1歩へ

サーフィンが人生を変えた!

サーフィンが人生を変えた!


ボクは28歳のときにアパレル会社を辞めてから現在に至るまで会社に雇われるということをしてきていない。
きっかけは「サーフィン」だった。

当時、ボクはプロサーファーとしてコンテストをカバーしながら会社勤めを続けていた。
雑誌の取材やその他のプロサーファーとしての仕事が入るようになると、時間で縛られてしまう会社勤めがどうしても足かせとなってしまっていたのだ。
そこでまだ失うものも守るものもなかったボクは思い切って会社から飛び出し、好きなことをしていく道を選んだのだ。

そんな生活を始めてからかれこれ15年になる。
山あり谷ありだった。
会社員として仕事をしていたときに感じていた閉塞感や憂うつからは解放されたが、その代償として不安や恐怖に苛まれる日もあった。
ここ最近そんな長年の戦いからか、少し心が疲れてしまっていたようだ。
自由人だったボクにも家庭ができ、子どもを授かり、いままでに感じたことのない重い責任と重圧に押しつぶされそうになっていたのかもしれない。
そんなこんなで、少しばかり休息が必要だった。
ゆったりとした時間を過ごすなかで自然と過去を振り返ったりしてみたのだ。

独立して間もないお金のない時代は毎日のように5食100円の蕎麦を少しずつ茹でて節約生活を送っていた。
近所の『すき家』の前を通るときは「ああ、食いたいな〜、ちきしょー、牛丼食べたいなー」と思いながら振り切るように店の前を通っていた。
そのうち少し稼げるようになり、すき家で牛丼が食べれるようになった。
その時は嬉しかった。
なんだか自分が成功者にでもなったような気分に浸っていたのだ。
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2015年、登り始めます!

娘と二人で海で漂う

娘と二人で海で漂う


明けましておめでとうございます。
2015年もどうぞよろしくお願いいたします。

年越しはクタのロコサーファーたちと飲みながら迎えた。
もうほとんどベロベロ状態で記憶もボンヤリしながらの年越し。
でもまあなんとかこうして無事に年を越すことができたわけなのである。

で、2015年。
今年は正念場だ。
毎年正念場なのであるが、今年は大きな大きな正念場を迎える。
もし、今年ダメなら・・・
という強い決意のもと、やるべき仕事がある。
今年は仕事の比重を大きくしていくつもりだ。

娘が誕生したときに『3才になるまでは子育て中心』という方針を打ち立てた。
その方針に添って3年間を過ごしてきた。
きっと皆さんからすると「この人、仕事は何してるんだろう?」と思ったことだろう。
この3年間はいわばプチリタイヤ的な生活を送っていた。
がっつり稼いでいる人のセミリタイヤのようなことはできないので、地味に稼ぎながら家族中心のライフスタイルを構築していくプチリタイヤという感じだったのだ。

40代は今までの経験やスキル、人脈を活用して最も仕事で結果を残しやすい時期だと思っている。
知性・経験・体力がバランスよく備わっている時期なのだ。
この大切な40代をいかに過ごすかでこの先の人生が大きく左右するはずだ。
お金のための仕事でなく、自己実現のための仕事に専念したいと思っている。
目先のお金の誘惑に信念を曲げてはならない。
いくら儲かりそうだと思ってもその仕事が自分のやりたいことではない場合は勇気を持って「NO」といおう。
逆に、割に合わない仕事でも自分のやりたいことであれば精一杯やろう。
そうすることでしか自分の場所へと辿り着くことはできないはずだと思うのだ。
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バランス感覚

書くことは考えること。考えることは書くことなのです

書くことは考えること。考えることは書くことなのです


ボクにとって書くことは考えることだ。
考えることは書くことともいえる。
まあとにかく頭の中のごちゃごちゃしたことをこうして文章にして吐き出すと考えがまとまっていき、なんとなくスッキリしてくる。
なので、よく人に「よくそんなにいつも書いたり読んだりしていられるね」などと言われるのだが、これはボクにとってはごく自然な行為といえるのだ。

今年、42歳になったボクは日本人男性の平均寿命からすると人生の折り返し地点に差し掛かっていることだろう。
いや、もしかしたらもう残り少ない命かもしれない。
これはもう神のみぞ知るところであり、いくら考えても答えが出るものではない。
でも一つはっきりしていることは、一日一日『死』に近づいていっていることだ。
これは万物生きとし生けるものに共通する原則だ。
この流れに抗うことはできない。
日常の中にいると忘れてしまいがちだが、これは紛れもない現実だ。

砂時計の砂が間断なく流れ落ちるように我々の命も刻一刻と減り続けている。
そのことを明確にイメージするとやるべきこと、やりたいこと、大切にすることが浮かび上がってくる。
自然と優先順位が組み替えられていくのだ。

ブルーハーツが唄っていた。
「やりたくねえことやってる暇はねえ〜」
そうだね。
本当にそう思う。
でも『やりたいこと』が内包している『やりたくないこと』は我慢してやるべきだと思う。
それすら我慢できなければどこにも辿り着くことができないだろう。
でも端からやりたくないことやってしまっているという現実があるのであればそこから飛び出してみるのも悪くない。
やりたくないことを失ってしまうリスクなんて案外どうってことないのだから。

まあ、世の中そう単純に物事は進まないのかもしれない。
でも、ボクはできるだけ物事を単純に捉えるようにしている。
複雑に考えみてもややこしくこんがらがってくるだけだから。
ボクのような単細胞人間には世の中は至ってシンプルに映る。
難しく見せかけているだけで、真実は意外なほどシンプルなものではないかと思うのだ。

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遊びを仕事にするということは

忙しいといってもやってることはこの通り

忙しいといってもやってることはこの通り


忙しい日々が続いていた。
先週、某サーフィン雑誌の取材が始まったと同時に日本から友人知人が押し寄せてきた。
はたから見ると朝からサーフィンして、海から上がったらビンタンビールをたらふく飲んで、「あんたいつ仕事してんの?」とツッコまれそうなのだが、実はそういったダラシナイ姿で商談をしていたりするのだ。
遊びを仕事にする、もしくは仕事を遊びにする、とは実はそれなり大変であったりするのだ。
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激動の30代を経て

30歳のときにはすっかり大人になった気でいたが、今から振り返ってみるとまだまだ子どもだったようにも思う。
その当時はプロサーファーとしてスポンサーさんからの給料をベースに活動しており、年中海外に出向いてはサーフィンに明け暮れる日々を過ごしていた。
あれから10年の月日が流れ、2012年7月23日に晴れて(?)40歳になった。

サーフトリップは行かずに韓国出張ばかりの30代

サーフトリップは行かずに韓国出張ばかりの30代


30代は激動の10年間だった。
32歳のときに会社を立ち上げ、そこから数年間は昼夜仕事に明け暮れた。

「金持ちになったるぜい!」

とガッツイて仕事をし、自分を見失い、大切なものを失いかけた。
人間関係に悩んだり、資金繰りに詰まり、会社の倒産の危機もあった。
サーフィンする時間もままならず、体重は順調に増え、とても『サーファー』とは言えないような時期が続いた。
一時は「こんなに仕事をしてサーフィンもできなくなり、一体何をやっているのだろう」と不安に思う時期もあった。

このころはたま〜にしかサーフィンできなかった

このころはたま〜にしかサーフィンできなかった


そもそも独立したきっかけは、
『このまま年をとっていくといずれスポンサーからの給料がなくなり、自由にサーフィンができなくなってしまうんじゃないか?』
という不安からだったのだ。
でもその結果、まったくサーフィンできなくなってしまった。
会社を大きくして従業員を最大で30名近く雇って、毎月の支払いに追われていたときの僕の頭の中から『サーフィン』は消えかかっていたのだ。
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出欠管理・スケジュール管理に『サークルスクエア』

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