SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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My Bali Story

kick隊長のおかげで今の僕が

kick隊長ののおかげで今の僕が 

ボクの場合、バリが大好きで大好きで念願叶ってようやくバリ移住を果たしたというわけではなかった。
海外に移住をしようと思い立ち、何箇所かの候補地を上げたうちの一つがバリだった。
子どもを育てる環境、治安、経済面などをもとに熟考を重ね、バリに決めたのが2011年。
過去に取材の仕事で2度ほどバリ訪れたことがあったが、あくまでも表面上のバリしか知らなかった。
まさに右も左もわからずのバリ移住だったのだ。

波の素晴らしい場所には少なからずローカリズムが根付いていることが多い。
場所によってローカルルールが異なってくる。
その地域特有の価値観や考え方が反映されている。
もちろん世界のサーフアイランドであるバリ島にも独特なローカリズムが存在していた。

移住当初、ボクはそういった深い部分までは到底理解していなかった。
ローカルサーファーたちとの接し方に戸惑うことも少なくなかった。
挨拶しても無視されることもあった。
ただポイントをチェックしているだけで追い出されるようなこともあった。
明らかにわかっていながら前乗りをされることも1度や2度ではなかった。
バリってなんなんだろう。
バリのことを嫌いになりかけていた時期もあったのだ。

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意外と難しい? 自分を大切にすること

バースデイサーフィンを堪能しました!

バースデイサーフィンを堪能しました!


44歳になった。
なってしまった。
まあ、もう43も44も変わらないのであるが、一応Happy Birthday to meというめでたい日なのである。

ときどき、「自分のこと大好きでしょ?」と言われることがある。
そう、何を隠そうボクは自分が大好きなのだ。
自分好きで何が悪い?
最近ではそんな風に開き直る図太さも兼ね備えてしまった。
オヤジってのはつくづくタチが悪いものなのだ。
生まれ変わったらやっぱり自分に生まれてきたいなんて思ってしまう。
そんなボクは相当におめでたい奴なのかもしれない。

でも、だったら自分のことを大切に生きてきたか、というと案外そうでもない。
最近では、自分を大切にするってのは生半可なことではできないなと思うようになった。
自分を大切にするにはきっちりと自分コントロールしなくてはならない。
自分に厳しくなくてはならないのだ。

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日本帰国?からの流れ


バリ島に拠点を移してからも2ヶ月に1度ペースで日本に戻り、仕事のベースはあくまでも日本というスタイルを続けてきた。
日本で仕事を作り、バリに持ち帰ってそれをこなすという逆輸入スタイル。
ん? こういうのを逆輸入っていうのか?
まあどっちでもいいか。
とにかくそんなスタイルで続けてきた。

そんな状況を冷静に考えてみると、「だったら日本で暮らしていた方が楽じゃない?」と考えるようになっていった。
だって、そうでしょ、どう考えても。
「3年間はバリで生活する」という当初の目標は達成しているしもういいんじゃない?
外国人として外国人枠で暮らすというのも何かと窮屈なものだ。
仕事ひとつするのにも許可が必要だ。
いや、もっというと住むことにもややこしい許可が必要だ。
やっぱり日本でのびのびと仕事をしたほうがより良い結果を生み出せるのではないか。
そんな考えが浮かんでは消えていったのだった。

>> 次のページは >> 大きな流れが・・・

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バリ島生活も4年目に

バリ島

バリ島


早いものでバリ島生活も4年目に突入した。
まあとりあえず2年はバリで暮らしてみようよ、ダメなら日本に帰ればいいんだしさ、と始まったバリ生活。

言葉では言い尽くせないくらい色々なことがあった。
文化の違いに戸惑うこともあった。
体に染み付いている日本の常識なんてものがまったく通用しないことを思い知った。
誤解され、後ろ指差されることもあった。
でも、その分、たくさんのことを学ぶことができた。
ほんの少しだけ人間的に成長できた。

いまでもときどき、なんで俺はバリにいるんだろう、と思うことがある。
なんでこんな苦しい思いまでしてここにいるんだろう。
正直そう思う。
暮らすことにいちいち許可を取らなくてはならない。
いろんな書類を作らなくてはならない。
お金だってかかる。
あたりまえのように暮らして自由に仕事することだってできない。
家だって買えないし、年金だってもらえない。
なんの保証もない。
ここでは紛れもなく外国人だ。
不自由なこと極まりない。
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悪いサイクルを早めに終わらせるために

1ヶ月ぶりにサーファーに戻ってみました

1ヶ月ぶりにサーファーに戻ってみました


まったく気が進まなかったが、心を奮い立たせて海に向かった。
もしかするとナニカを変えたかったのかもしれない。

ここ1ヶ月ほど、大変なアレコレにみまわれ、とてもじゃないけどサーフィンどころの精神状態ではなかった。
もちろんその気にさえなればサーフィンをする時間くらいは作れたはずだったが、心がそちらに向かなかったのだ。
まあボクにとってはこう時期もちょいちょいあるわけで、決して珍しいわけではない。
いつもサーフィンして暮らしていると思われがちだが、案外こういう時期もあったりするのだ。

悪いことが起き始めると案外重なるものだ。
それがバイオリズムってものだ。
誰でもそんなもんでしょ、と諦めていた。
それが世の常、くらいに思っていた。
しかし、約一ヶ月ぶりに海に浮かびながら実はそうではないんじゃないかという考えが浮かんできたのだ。

>> 次のページ >> 悪いサイクルを早めに終わらせるには!?

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ベビ子物語 Vol54 サーファーへの道、海でリラーックス

カレントで力まないための練習

カレントで力まないための練習


先日ベビ子に「もうサーフィンやりたくなーい」と言われてしまった。
ベビ子にサーフィンを好きになってもらいたい一心で生きているボクにとっては気絶しそうになる言葉だったのだ。

悔やまれる痛恨のパーリング。
ワイプアウト後、次の波にも飲み込まれ、さらにインサイドの子どもにとっては強いカレントに「怖い」という感情を芽生えさせてしまった。(そのときの模様はこちら
このような海での恐怖体験というのはトラウマになってしまう可能性があるので非常にまずい。
たった一度の体験が海を遠ざけてしまうことだってある。
ほんの少しの油断がベビ子のサーフィンライフを終了させてしまうことだってあるのだ。

というわけで海でのサーフィンはとうぶんの間封印することにした。
まあ、4才の記憶力はまだまだ新しいことを山ほど吸収しなくてはならないわけで、案外過去の出来事などあっさり忘れてしまうものだ、ということにして。
とにかくどちらにしてもベビ子はまだ4才。
焦る必要はない。
どのみち自分のパドルでちゃんとサーフィンができるようになるのは体幹ができはじめる10才を過ぎたあたりからだろう。
それまでは焦らずゆっくりやればいいのだ。
>> 次のページは >> カレントに慣れるための秘策

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過去を振り返り、今と向き合い、次の1歩へ

サーフィンが人生を変えた!

サーフィンが人生を変えた!


ボクは28歳のときにアパレル会社を辞めてから現在に至るまで会社に雇われるということをしてきていない。
きっかけは「サーフィン」だった。

当時、ボクはプロサーファーとしてコンテストをカバーしながら会社勤めを続けていた。
雑誌の取材やその他のプロサーファーとしての仕事が入るようになると、時間で縛られてしまう会社勤めがどうしても足かせとなってしまっていたのだ。
そこでまだ失うものも守るものもなかったボクは思い切って会社から飛び出し、好きなことをしていく道を選んだのだ。

そんな生活を始めてからかれこれ15年になる。
山あり谷ありだった。
会社員として仕事をしていたときに感じていた閉塞感や憂うつからは解放されたが、その代償として不安や恐怖に苛まれる日もあった。
ここ最近そんな長年の戦いからか、少し心が疲れてしまっていたようだ。
自由人だったボクにも家庭ができ、子どもを授かり、いままでに感じたことのない重い責任と重圧に押しつぶされそうになっていたのかもしれない。
そんなこんなで、少しばかり休息が必要だった。
ゆったりとした時間を過ごすなかで自然と過去を振り返ったりしてみたのだ。

独立して間もないお金のない時代は毎日のように5食100円の蕎麦を少しずつ茹でて節約生活を送っていた。
近所の『すき家』の前を通るときは「ああ、食いたいな〜、ちきしょー、牛丼食べたいなー」と思いながら振り切るように店の前を通っていた。
そのうち少し稼げるようになり、すき家で牛丼が食べれるようになった。
その時は嬉しかった。
なんだか自分が成功者にでもなったような気分に浸っていたのだ。
>> 次のページ >> 今と向き合い、次の1歩へ

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天命、頼みます!

また飛行機か・・・

また飛行機か・・・


突発的に日本に帰国することになった。
明日飛行機に乗り込む。
心の準備というものがまったくできていない状況で寒風吹きさらす2月の極寒日本に帰国しても大丈夫だろうか、という不安を抱えつつ。

でもこうなったらラーメンだってすするし鍋だってつつく。
牛だの豚だのは焼いちゃうし、生牡蠣なんぞもちゅるっと飲み込んでしまう。
温泉にだって浸かっちゃって友人と人生とはなんぞやなどと語りつつのぼせてみたりまするのだ。
例のごとくボクの塩漬け頭の中は低俗的欲求を満たすことでいっぱいになっているのだが帰国の目的は仕事だ。 続きを読む…

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30数年の時を経て

キター、1年2組〜〜〜

キター、1年2組〜〜〜


バリ島に移住してたくさんの素晴らしい出会いに恵まれている、そんな主旨の記事は過去に何度か書いた。
でも出会いだけではなかった。
多くの再会にも恵まれているのだ。

今から37年前、5歳だったボクはピカピカの一年生としてランドセルを背負って小学校の教室に入った。
1年2組。
うっすらと記憶に残っているクラスの光景。
そういえば奥山さんという女の子に初恋したな〜。
可愛かったな〜。
でもすぐに転校していっちゃったな〜。
まあ、それはいいとして。
その教室にいた幼なじみがバリ島にやってきたのだ。

小学校時代にモテる少年というのは残酷なほどに一手にその人気をさらっていってしまうものだ。
運動ができて、頭も良くて、お洒落でかっこいい。
ついでに優しかったりする。
そんな少年が学年中の女の子の心を奪ってしまうのだ。
彼がそんな男だった。
へっ、どうせそんな奴、小学生時代がピークだろ、とすねていたのだが、彼は大人になっても衰えなかった。
佐藤崇。
元プロスノーボーダーであり、DJであり、デザイナーでもある。
かなり華々しい。
ううう、やっぱり持っている男というのはどこまでも持っているのだ。
>> 次のページは >> そんな彼からうれしい評価を!

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幸せについて

乗り納めはこの波でロングボード!

乗り納めはこの波でロングボード!


バリ島で出会う日本人ツーリストの方に「いいですね〜、バリで暮らせるなんて」と言われることがある。
ボクは人生のターニングポイントに立ったときに自分のこれからの生き方について深く考えた。
ボクにとって何が幸せなのかについて。

これまでボクは本当にいろいろなことをやってきた。
サーフショップの店長、犬のブリーダー、アパレル会社でマーチャンダイザー、プロサーファー、会社経営・・・
到底一人の人間の経歴とは思えないほど一貫性のない様々なことをやってきた。
一貫性がないのは自分が定まっていなかった証拠だ。
悪く言えばフラフラしていた。
芯がなかった。
早くにして自分の道を見つけることができていれば一つの道を深め極めていくことができただろう。
でもボクの場合、そんなふうにはできなかった。
あれもやり、これもやり、今度はあっちだ、という具合に。
でも結果的にはいろいろな世界を見ることができ、自分のフィールドを広げることができた。
なのでまったく後悔はしていない。
むしろ良かったとも思っている。
世間の荒波で戦えるだけの武器は手に入れているはずだ。
一つ一つの武器は強力とはいえないけれどうまく組み合わせれば戦っていけるはずだと。

だがこの先はもう寄り道はしたくなかった。
今までに手に入れた強みを活かしてそろそろ一つの高い山を目指して登っていきたいと思った。
残り時間は無限ではないのだ。
そこでボクは自分に問うてみた。

本当に心からやりたいことは何?
どうなりたいのか?
何を手に入れたい?

>> 次のページは >> 答えは意外なほどシンプルだった・・・

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