SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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第3章 23話 有本圭自伝『少年おじさん』 〜上を向いて歩こう、海が全てを与えてくれるさ〜

人間落ちるところまで落ちるとあとは上を向くしかなくなる。
その場所が底だと感じればそうするしかないのだ。
「神様もこれ以上落とすようなことはしないだろう」なんてことを考えていたことを思い出す。

当時の有本圭。顔に悪い感じが出ちゃってますね〜

当時の有本圭。顔に悪い感じが出ちゃってますね〜


すべては自分の『欲』が発端になっていた。
原因がないところには結果はない。
『欲』を持つこと自体は決して悪い事ではない。
むしろ『欲』のない人は向上しないと思うのだ。
しかし僕の場合、その『欲』の種類が悪かったようだ。
『楽して稼ぎたい』だとか、『いつまでも好きなだけサーフィンをしていたい』などという自分勝手な甘い欲望が今回の自体を招いたのだ。

>> 次のページ >> やっぱり海しかないね〜

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』〜まとめ 前編〜

人生というのは本当にどう転がるかわからない。
昨日まで当たり前だった日常が明日もやってくるとは限らない。
自分の人生を振り返ってみるとそんなことに改めて気づかされる。

ボウ・ヤングと有本圭、ショップの仲間たち

ボウ・ヤングと有本圭、ショップの仲間たち


いい方に転ぶも悪い方に転ぶも自分次第。
いい流れも悪い流れも引き寄せているこの第2章は自分自身の今後の人生にも役立つお話だ。
まずは前半を振り返ってみましょう。
前半は『いい流れ』の引き寄せ方の参考になるのではないでしょうか。
元ロングボードワールドチャンピオン『ボウ・ヤング』との過ごした日々なんかもありますよ〜。
それではどうぞっ!

第2章 
第14話 有本圭自伝『少年おじさん』 ~ゴロリと人生が動いた瞬間~

第15話 有本圭自伝『少年おじさん』~海からの帰り道~

第16話 有本圭自伝『少年おじさん』  ~ 負けるな、クッシン君 ~

第17話 有本圭自伝『少年おじさん』  ~いったいどこに流されていくのか!?~

第18話 有本圭自伝『少年おじさん』  ~ワールドチャンプになる男とは~

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』 ~自業自得なのだ~ 第20話

サーフショップを退職し、自由な生活を求めてブリーダーの世界に飛び込んだ。(前回はこちら
少年時代より、ずっと犬とともに生活をしてきた自分にとって天職ではないか、と感じていた。
朝から晩まで犬とともに生活することは僕にとってシアワセなことであった。

バーディと少年おじさん有本圭

バーディと少年おじさん有本圭


そんなある日、我が家に最初にやってきたバーディというメスの犬がOさんの所有するアメリカンチャンピオン犬と交配し、初めての出産をした。
夜中から朝方にかけて約8時間の間に8匹の子犬を出産した。
バーディは生まれた子犬の胎盤を誰に教わることもないのに上手に破り、子犬たちの全身をペロペロなめて愛おしそうな母親の温かい眼差しを子犬たちに向けていた。
僕は感動のあまり自然と涙がこぼれた。
こんな感動を味わえるなんて、本当にステキな仕事だな、と改めて実感したのだった。

子犬たちが生まれてからは本当に忙しい日々だった。
なにしろ8匹の子犬たちが元気に暴れまわり、ちょっと目を離すとウンチやオシッコをそこら中でしまくる。
部屋の柱などはガリガリにカジられて見るも無惨な姿になってしまっていた。
でも子犬たちはすごくカワイクて眺めているだけで心の奥の方が温かくなるような感じがした。

そうこうしているうちに他のメス犬が出産をし、僕の家には子犬が17頭になっていた。
成犬5頭に子犬が17頭の犬屋敷になっていた。

>> 次のページ >> 実はブリーダーに不向き??

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第19話  ~ 大転換 ~

ボウ・ヤングが帰国し、その翌日には同居していた彼女の妹の彼氏も我が家を去っていった。(前回はこちら
賑やかな日々からひっそりとした落ち着いた日常が戻ってきたが、なんとなく心にポッカリ穴があいたようだった。
心のよりどころといえばやはりサーフィン。
一生懸命海に入って大会に勝ち、プロになろうと企んでいた。

当時の少年おじさん

当時の少年おじさん


海にほど近い場所でロングボードのお店を任されていたため、仕事前にサーフィンすることもできる環境だった。
しかし遊び盛りの僕はよく夜更かしをし、朝起きてそのままお店に出勤、海に入らず一日を終えるという日も少なくなかった。
そんな日は自己嫌悪と有り余ったエネルギーを発散できずにイライラする時間を過ごしたりもした。
なんとなくすべてが悪い方向に向かっているような、重苦しさがあった。

そんな日々を過ごしていたときにある出会いがあった。

>> 次のページ >> この出会いががきっかけで・・・

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第17話  ~いったいどこに流されていくのか!?~

パチンコ屋さんのスタッフからサーフショップのスタッフへと華麗に転身したが、そこで認めてもらうようになるには約1年の時間を要した。
ようやく湘南藤沢支部の大会で結果を残し、なんとなく周囲も僕をバカにしなくなっていった。(前回はこちら

ショップの仲間たち

ショップの仲間たち


少しだけ居心地が良くなり始めたある日のこと。
僕は社長室に来るように呼び出された。
やや緊張しつつ社長室の前に立っていた。
たいがい社長室に呼び出されるときは叱られるとき、と相場が決まっていた。
「何かやらかしてしまったか?」
そんな不安を抱いていた。
心当たりは山ほどあった。

ドアをノックすると、中から「はいどうぞ」と社長の声が響いた。
社長室は広々と20畳ほどあり、辻堂の海が一望できる気持ちのいいスペースだった。
僕が部屋に入ると、机の上の書類から目を離し、僕の方にちらりと見た。
「おう、有本っ。 そこに座れよ」
と来客用のソファを指さした。
いつもは社長は椅子に座ったままで僕は机の前に立たされて話を聞く、もしくは叱られる、というスタイルだったがその日に限ってはソファに座らされた。
「何事だろう」
とさらに不安になった。

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第16話  ~ 負けるな、クッシン君 ~

それにしても人生というものはどこでどう転がっていくか想像もできない。
特に若いうちはまだ生きる方向が定まっていないからなのか、目の前に吹く風向きによって道がどんどん変わっていってしまう。

僕の場合、単純に「海の近くに住んでサーフィンしたい」という思いでパチンコ屋さんの住み込みで働き始めた。
その仕事に嫌気がさし始めていたころに、たまたま海帰りに見つけたサーフショップの求人募集に応募し、そこに採用されたことで『どっぷりがっつりサーフィン人生』が始まっていったのだった。(前回はこちら

プラウドメアリー入りたての有本圭。 ちょっとインチキ臭い

プラウドメアリー入りたての有本圭。 ちょっとインチキ臭い

東京で生まれ育った僕にとって、当時辻堂ローカルの輪の中に入ることは容易なことではなかった。
そこで働くスタッフやクラブ員の人たちの大半は辻堂で生まれ育った生粋のローカルサーファーたちで、サーフィン初級者だった東京生まれの僕はいつも彼らの笑いものになっていた。
しかも彼らはショートボーダーばかりで、僕のように若くしてロングボードをやっていることに対して、ややバカにした感情を抱いているようだった。
今から16年前、『ロングボード=よぼよぼオヤジがやるもの』という見方が一般的だったのだ。

「オマエなんで若いのにロングなんてやってんだよ」
とか、
「ショート乗れねーからロングやってんだろ」

などと言われながらも、僕はサーフィン初級者ながらも、「5年後にはロングボードのプロになってやる」という当時の僕にとっては壮大な目標があったので、誰に何を言われようともロングボードで海に入っていた。

>> 次のページ >> 悔しさをバネにできるのか!?

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第15話 ~海からの帰り道~

今から約16年前(2011年現在)、僕の湘南ライフが始まった。(前回はこちら
パチンコ屋さんでの仕事は2交代制で、早番のときは朝一、夕方の2ラウンド、遅番のときは午前中たっぷりサーフィンすることができた。
今まで1時間かけて車で通っていた辻堂海岸まで自転車で約10分。
なんとなく自転車で海に向かっている自分の姿に酔いしれたりしていたのを思い出す。

深夜の少しエッチなテレビも堂々と見ることができたりして、僕は自由の翼を手に入れたように一人暮らしを満喫していた。
湘南に移住して2週間が過ぎるころになると新しい生活にも徐々に慣れはじめていた。

マーボロイヤルは今も辻堂にある老舗サーフショップ

マーボロイヤルは今も辻堂にある老舗サーフショップ

そんなある日、海からの帰り道に辻堂の老舗サーフショップ『マーボロイヤル』でサーフボードをなんとなく眺めていたときのことである。
そのショップのオーナーであり、レジェンドサーファーであるマーさんこと小室正則プロに声をかけられた。

>> 次のページ >> 小室プロの一言で人生が変わった!?

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第14話 ~ゴロリと人生が動いた瞬間~

地球一周旅行で完全に海中毒症状が顕著になった僕はいつでもどんなときでも海を感じてないとダメな体になっていた。
都会の雑踏の中にいると呼吸が速くなり、胸が苦しくなり、手にじっとりと汗をかき、白目をむきそうになってしまうのだ。
まさに海中毒末期的症状。
僕はとにかく時間の許す限り家から一番近い湘南の海へと足繁く通い詰めていた。

海バカ初期時代の少年おじさん ~有本圭~

海バカ初期時代の少年おじさん ~有本圭~


ほどなくするとアルバイトもせずに海ばかり行っていた僕は、今度は極度の金欠症の症状が顕れ始めた。
さすがに22歳にもなった大の大人がこのまま仕事もせずにブラブラ親のスネをかじりながらサーフィンばかりするわけにはいかないという一般常識範囲内の意識も芽生え始めた。
そこで僕は持前の『単純まっすぐ思考』で「ならばいっそのこと海の近くで暮らしてしまおう」という考えに支配されはじめた。
しかし、海の近くで暮らすにも先立つものがない。
アパートを借りるようなお金はどこにもなかったのだ。

そこで、僕は「ならば海の近くで住み込みでできる仕事を探そう」という策を編み出した。
当時の求人雑誌『FROM A』を火金週2回欠かさず購入し、住み込み&海近、さらにはサーフィンする時間がありそうな仕事を物色し始めた。

探し始めてわかってきたことは、住み込みの仕事はそうそうないということ。
あるのはパチンコ屋か新聞屋。
僕はパチンコも新聞も好きではなかったが、住み込みで仕事を得て海の近くに住むにはその2択しかなかった。

朝がとても苦手だった僕は『新聞屋=朝が早い』というイメージが強かったので、ドラフト1位指名はパチンコ屋に決めた。
1995年7月22日、僕は茶色に染めていた髪を黒く染めて辻堂南口にあったパチンコ屋さんの面接を受けた。
いかにも不健康そうな青白い顔をした小太りの店長が僕に怪訝そうな視線を投げかけてきた。
どうやら『サーファー=しょうもない人種』という、まあある意味ではタダシイ見識を持つ人だったらしく、意地悪な質問をたくさん投げられた。
僕はなんとかうまくかわしながら応対したが、どうもあまりウケが良くないように思えた。
「では採用の場合は明日18時にこちらからお電話さしあげます」
と抑揚のない声で言われ、僕は席を立った。

>> 次のページ >> 採用か、それとも・・・!?

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有本圭自伝『少年おじさん』第10話  エジプトで悪の契約

地球一周船の旅といったらまずまっさきにセレブたちの姿が思い浮かぶ。
人生に余裕がある者たちがカジノなどをしながら豪華で贅沢な船旅を楽しむ。
寄港地では現地のグルメを楽しみながら観光地を巡り、せっせとショッピングなどにいそしむ。
そんな『セレブ地球一周船旅』と対極にあったのが今から15年前に僕が経験した『庶民以下野良猫隊地球一周船旅』だった。(前回アフリカ編はこちら

僕を乗せたゴールデンオデッセイ号は7カ国目であるエジプトへ入港した。
エジプトといえば誰がなんと言おうと『ピラミッド』だ。
「エジプにトは行ったことあるけどピラミッドは見てないんよ」なんていうことになってしまったら孫の代まで嘲笑、非難、軽蔑、ありとあらゆる辱めを受けそうなので、とにかく僕ら『野良猫隊』(植木屋コマッキー、心優しいカトキチ)は、ポートモレスビー港からバスを使ってクフ王のピラミッドを目指した。

スフィンクスの後ろ側を観光バスが行き交わう

スフィンクスの後ろ側を観光バスが行き交わう

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有本圭自伝『少年おじさん』第9話 日本だったら大変な問題・・・

大型客船『ゴールデンオデッセイ号』に乗船してから3週間が過ぎようとしていた。
たった3週間の間で、おそらく1年以上の経験をしたように思えた。
なにしろ乗船翌日には彼女ができ、その3週間後にはその彼女から「ちょっと距離をおきましょ」と言われ、さらにその間に山ほど新しい友人知人ができ、そうこうしているうちに6カ国目であるアフリカ大陸のケニア、モンバサ港に入港したのだ。(前回はこちら

例のごとく『オプショナルツアー』(寄港地でのツアー)に参加してない僕ら(コマッキーとカトキチ)は船が港に着くとすぐにレンタカーを探した。
アフリカといえば、草原、草原と言えばサファリ、ということで、いつものように原チャリを借りてうろうろするというのはなんとも恐ろしい結果を招きそうだったので今回は車を借りることにしたのだ。

レンタカー屋で「4WDレンタカープリーズ」とお願いしてみたが、どうも反応がうすい。
「あんたら車借りてどこ行こうってんだい」
と険のある表情でケニアのおっちゃんが僕らをニランデきた。
「そりゃー、サファリだよ、草原を走って野生の王国を堪能するんだよ」
と僕らも反撃した。
しかし、なかなかそのおっちゃん首を縦にふらない。
ようは、「あんたら何にも知んない日本人が自分たちで車を運転して草原にワーっと入っていったらすぐにライオンなどの肉食動物のご馳走になるだけだからやめときな。とっとと船に帰んな。はい、けえったけえった」ということのようだった。

アフリカのケニアにまでやって来て、野生動物が危ないからといって、そのまますごすごと引き下がり、船に戻って安心して眠る、なんていう選択肢は僕らにはなかった。
なにがなんでもアフリカの大草原で『野生の王国』(昔、日曜日の夜にやっていた番組)を体験するんだ!、という強い意志をもってそのおっちゃんと交渉を重ねた結果、「ガイドをつけるなら行ってもよろしい」ということになった。
ちょっと割高にはなってしまったが背に腹はかえられない。

デニという名の、やはり表情に険がある僕らよりおそらくやや年長のガイドがついた。
アフリカ人というのは黙っているとやや恐ろしい感じがするのだが、ひと度仲良くなってしまうと人懐っこい子供のような笑顔をみせてくれた。

サファリ in ケニア ~左)カトキチ 右)少年おじさん~

サファリ in ケニア ~左)カトキチ 右)少年おじさん~

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