7/7七夕の日、辻堂の海岸ではJPSAロングボードツアー第3戦が開催されていた。
有本プロも地元プロサーファーとして参戦したのだが、残念ながら初戦敗退。
朝8時には出番がなくなってしまい「ベビ子のオムツでも変えてくるか〜」と帰宅する羽目になってしまった。
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7/7七夕の日、辻堂の海岸ではJPSAロングボードツアー第3戦が開催されていた。
有本プロも地元プロサーファーとして参戦したのだが、残念ながら初戦敗退。
朝8時には出番がなくなってしまい「ベビ子のオムツでも変えてくるか〜」と帰宅する羽目になってしまった。
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人間落ちるところまで落ちるとあとは上を向くしかなくなる。
その場所が底だと感じればそうするしかないのだ。
「神様もこれ以上落とすようなことはしないだろう」なんてことを考えていたことを思い出す。
「あれ、もしやこれは???」
そう、13年前、このイベントに参加していたのだった。 続きを読む…
ある日、出て行った彼女から電話が入り、
「荷物を取りに行きたい」
と言ってきた。
同棲して3年。
ほとんどの持ち物は2人のものだった。
僕は、
「好きな物持っていけよ、俺なんもいらねーからっ。その代り俺がいない時に取りに来てくれよ。会いたくねえから」
と強がった。
数日後、日時を決めて彼女が荷物を取りに来た。
僕は家を空けて、荷物が運ばれるのを喫茶店で時間をつぶしながら待った。
鉢合わせにならないようにじゅうぶんに時間をあけて家に戻った。
まあ、タイトルはおおげさ(ネット上でいう『釣り』)なんですけど。
僕のビジネスパートナーK氏、昨日から『出張』でバリに行ってます。あくまで『出張』なんで、ビジネスというかお仕事をしにバリへ向かったわけです。
今をさかのぼること2日前、会社に地球の裏側から大量の荷物が届きました。
僕が炎天下の駐車場でそいつらを捌いていると「出張の準備をしてなくってさ〜」なんて言いながら、K氏がやってきます。
で、なんの準備をはじめたかというと。。。 続きを読む…
「アメリカに電話しました。今までのチャンピオン犬の話、ウソだったんですよね。それはそれでいいっすよ。でもお金返してくださいよ」
と僕は詰め寄った。
するとOさんはみるみるうちに顔色が変わり、どんどん人相が悪くなっていった。
「なんやコラっ、これがワシの商売のやり方やっ、なんか文句あるんかいっ」
と言いつつガラスの灰皿を手にして今にも襲いかかってきそうな気配になった。
僕の中で何かがプチンとキレた。
「ふざけんじゃねーよっ、人の弱みにつけこみやがってっ。こっちは信じて借金までしてんのに、その金どこいったんだよ。返せよっ!!」
「犬を渡さんとは言ってへんぞ。金は返さへん、犬を渡せば文句ないやろーがっ」
何を言ってもお金は返ってこなかった。
僕がアメリカンチャンピオン犬を買う、と言って渡したお金。
警察に行ってもなんにも始まらないこともわかっていた。
ヤリクチは汚いが、それでも僕自身の責任だった。
そもそも僕は『楽をして稼ぎたい』とか『自由にサーフィンがしたい』などという甘い考えがその時の状況を生み出していることに気がついていた。
サーフショップを退職し、自由な生活を求めてブリーダーの世界に飛び込んだ。(前回はこちら)
少年時代より、ずっと犬とともに生活をしてきた自分にとって天職ではないか、と感じていた。
朝から晩まで犬とともに生活することは僕にとってシアワセなことであった。
子犬たちが生まれてからは本当に忙しい日々だった。
なにしろ8匹の子犬たちが元気に暴れまわり、ちょっと目を離すとウンチやオシッコをそこら中でしまくる。
部屋の柱などはガリガリにカジられて見るも無惨な姿になってしまっていた。
でも子犬たちはすごくカワイクて眺めているだけで心の奥の方が温かくなるような感じがした。
そうこうしているうちに他のメス犬が出産をし、僕の家には子犬が17頭になっていた。
成犬5頭に子犬が17頭の犬屋敷になっていた。