SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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Salt Water Players(SWP) 1年を振り返って

昨年、2010年8月20日、当サイト『Salt water Players』は産声をあげた。
早いものであれから一年がすぎた。
第一回目の記事はフランストリップの第一弾でした。(こちら
『Salt Water Player』という考え方に出会った旅がこのフランストリップだったのだ。

夕暮れはいつも夜 ~Photo Obi~

夕暮れはいつも夜 ~Photo Obi~

フランスを訪れた目的は『HOALEN』(ウォーレン)という大人系サーフアパレルとの販売契約交渉だった。
僕はこのブランドを目にした瞬間、胸がトキメキ、このブランドを日本に輸入したい、と強く思ったのだ。
昨今のサーフアパレルにはない上品さと大人のスマートさを表現しているブランドだった。 続きを読む…

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大きくしてくれたハワイ ~TIKIZヒデのハワイでの道のり その9 ~

ALOHA!
SWPゲストライターのTIKIZヒデです。
今回は波乗りハワイでの集大成のお話です。
それではどうぞ!


ハワイにやってきて3年が経った。
俺は帰国をする決心をした。(前回はこちら
あまりにいろいろなことがありすぎてハワイに降り立った3年前が遠い過去のように感じられた。
本当の自分を探すために来たハワイで本当の自分に逢えた気がしたので帰国を決意したが、やはり寂しい思いはあった。
しかし、ハワイで吸収したことや学んだことを活かして日本でやっていける自信はあった。
3年前の自分からみると大きく成長できたという自負はあった。

帰国が決まり、身辺整理をし、ちょっと時間に余裕ができ始めたころ、俺がサーフィンの世界にどっぷりハマるきっかけをくれた有本圭がハワイにやってきた。
圭くんと会うのは5年ぶりだろうか。
ホノルル空港で久しぶりの再会を果たした。

「お前変わったな~、あれ、ちょっと髪の毛減ったんじゃね?」

などと言いながらニカニカ笑っている。
圭くんは5年前の記憶の中の圭くんとちっとも変っていなかった。
きっと変わらないことが圭くんの良さなんだろうな~、とつくづく思った。

ノースショアのモクレイアの俺の住む家に案内し、荷物を置いたとたん、

「波あんの?サーフィンしに行こうぜ」

とさっそくサーフィンする気満々。
まったく相変わらずだ。

ノースでセッション 手前)ヒデ  奥)圭くん

ノースでセッション 手前)ヒデ  奥)圭くん

波のサイズは頭半からダブルくらいあったが、キレイに規則正しくブレイクしていた。
「ここで入りましょうか?」
と俺が言うと、
「え、お前こんな波で入れんの?」
と目を丸くした。

>> 次のページ >> ハワイでのファーストセッション

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第18話  ~ワールドチャンプになる男とは~

ひょんなことからボウ・ヤングが我が家にやってくることになった。(前回はこちら
今でこそボウ・ヤングといえば元ロングボードのワールドチャンピオンとして世界的に有名なサーファーだが、1997年当時はあくまでもレジェンドサーファー、ナット・ヤングの息子というのが彼の肩書だった。

社長に連れられてボウ・ヤングが僕のお店にやってきた。
「じゃ、あとは頼んだぞ~」
といかにも軽~い調子でかなり重~い任務を社長は僕に押しつけてきた。

ボウ・ヤングと有本圭、ショップの仲間たち

ボウ・ヤングと有本圭、ショップの仲間たち


ボウはヒョロっと背が高く、ぐにゃぐにゃパーマのロン毛で、やや緊張した面持ちで僕に握手を求めてきた。
僕はそのころ英語が堪能だったわけではなかったが、なんとなくノリと雰囲気で外国人と仲良くなるのは得意としていた。
その日から1週間、僕の狭い団地に泊ることになっているボウとどう付き合っていくか、という問題も結局ノリと雰囲気に任せるしかなかった。

「日本に来たことがあるのか?」
「いや、初めてなんだ」
「ほお~、今回の旅の目的はなんなの?」
「スポンサーを探してるんだ。 僕はさ、ロングボードでワールチャンピオンを目指してるんだよ」
「えええっ、ワールドチャンピオン?? おおお、それはすごい目標だね~」

ワールドチャンピオンを目指す、とは軽々しく口に出して言えることではない。
ボウのお父さん、ナット・ヤングは元ワールドチャンピオンのレジェンドサーファー。
そんな環境で育ったボウにとっては、きっと自然とワールドチャンピオンは夢ではなく目標なのだろうと思った。
なにしろ僕の39年の人生で「世界のトップを目指す」と豪語したのはこのボウ以外にはいないのだ。
そして実際にその言葉通り、世界のトップになった男もボウを置いては他にいない。

>> 次のページ >> ボウ・ヤングのとのサーフセッション!

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第16話  ~ 負けるな、クッシン君 ~

それにしても人生というものはどこでどう転がっていくか想像もできない。
特に若いうちはまだ生きる方向が定まっていないからなのか、目の前に吹く風向きによって道がどんどん変わっていってしまう。

僕の場合、単純に「海の近くに住んでサーフィンしたい」という思いでパチンコ屋さんの住み込みで働き始めた。
その仕事に嫌気がさし始めていたころに、たまたま海帰りに見つけたサーフショップの求人募集に応募し、そこに採用されたことで『どっぷりがっつりサーフィン人生』が始まっていったのだった。(前回はこちら

プラウドメアリー入りたての有本圭。 ちょっとインチキ臭い

プラウドメアリー入りたての有本圭。 ちょっとインチキ臭い

東京で生まれ育った僕にとって、当時辻堂ローカルの輪の中に入ることは容易なことではなかった。
そこで働くスタッフやクラブ員の人たちの大半は辻堂で生まれ育った生粋のローカルサーファーたちで、サーフィン初級者だった東京生まれの僕はいつも彼らの笑いものになっていた。
しかも彼らはショートボーダーばかりで、僕のように若くしてロングボードをやっていることに対して、ややバカにした感情を抱いているようだった。
今から16年前、『ロングボード=よぼよぼオヤジがやるもの』という見方が一般的だったのだ。

「オマエなんで若いのにロングなんてやってんだよ」
とか、
「ショート乗れねーからロングやってんだろ」

などと言われながらも、僕はサーフィン初級者ながらも、「5年後にはロングボードのプロになってやる」という当時の僕にとっては壮大な目標があったので、誰に何を言われようともロングボードで海に入っていた。

>> 次のページ >> 悔しさをバネにできるのか!?

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超クールビズ

みなさん、おはようございます。
7月13日水曜日、朝の湘南エリアは良く晴れてます。

夏ですね~~

夏ですね~~

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第2章 有本圭自伝『少年おじさん』第14話 ~ゴロリと人生が動いた瞬間~

地球一周旅行で完全に海中毒症状が顕著になった僕はいつでもどんなときでも海を感じてないとダメな体になっていた。
都会の雑踏の中にいると呼吸が速くなり、胸が苦しくなり、手にじっとりと汗をかき、白目をむきそうになってしまうのだ。
まさに海中毒末期的症状。
僕はとにかく時間の許す限り家から一番近い湘南の海へと足繁く通い詰めていた。

海バカ初期時代の少年おじさん ~有本圭~

海バカ初期時代の少年おじさん ~有本圭~


ほどなくするとアルバイトもせずに海ばかり行っていた僕は、今度は極度の金欠症の症状が顕れ始めた。
さすがに22歳にもなった大の大人がこのまま仕事もせずにブラブラ親のスネをかじりながらサーフィンばかりするわけにはいかないという一般常識範囲内の意識も芽生え始めた。
そこで僕は持前の『単純まっすぐ思考』で「ならばいっそのこと海の近くで暮らしてしまおう」という考えに支配されはじめた。
しかし、海の近くで暮らすにも先立つものがない。
アパートを借りるようなお金はどこにもなかったのだ。

そこで、僕は「ならば海の近くで住み込みでできる仕事を探そう」という策を編み出した。
当時の求人雑誌『FROM A』を火金週2回欠かさず購入し、住み込み&海近、さらにはサーフィンする時間がありそうな仕事を物色し始めた。

探し始めてわかってきたことは、住み込みの仕事はそうそうないということ。
あるのはパチンコ屋か新聞屋。
僕はパチンコも新聞も好きではなかったが、住み込みで仕事を得て海の近くに住むにはその2択しかなかった。

朝がとても苦手だった僕は『新聞屋=朝が早い』というイメージが強かったので、ドラフト1位指名はパチンコ屋に決めた。
1995年7月22日、僕は茶色に染めていた髪を黒く染めて辻堂南口にあったパチンコ屋さんの面接を受けた。
いかにも不健康そうな青白い顔をした小太りの店長が僕に怪訝そうな視線を投げかけてきた。
どうやら『サーファー=しょうもない人種』という、まあある意味ではタダシイ見識を持つ人だったらしく、意地悪な質問をたくさん投げられた。
僕はなんとかうまくかわしながら応対したが、どうもあまりウケが良くないように思えた。
「では採用の場合は明日18時にこちらからお電話さしあげます」
と抑揚のない声で言われ、僕は席を立った。

>> 次のページ >> 採用か、それとも・・・!?

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とあるサーファー『K氏』の日常

僕はとあるプロサーファーの方と一緒に働いている。
そのプロサーファーさん(以下K氏)はとにかくサーフィンが好きで「あなたサーフィン好きだね〜」というエピソードには事欠かないのだが、今日の午後の様子を紹介したい。

今日は昼にK氏の自宅(兼 僕たちの事務所)に出社した。
すると午前中のサーフィンスクールがちょうど終わったところで、アクビをしながら「今日はもう疲れた...午後はサーフィンやんない...」とお疲れモードだった。

お昼を食べて「さあ仕事するか!」とパソコンに向かうK氏。
その10分後から様子がおかしくなってきた。

「なんか波あがってきたかもしれないから、写真とりいくわ」
と言い残して外へ行くK氏。

「ムネくらいです!いいよいいよっ^^」らしい

「ムネくらいです!いいよいいよっ^^」らしい

そして戻ってくるなり撮ったばかりの写真を「ヒュ〜!ヒュ〜!」といいながら強引に見せてくるK氏。 続きを読む…

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有本圭自伝『少年おじさん』第12話 野良猫隊はイタリアで世界的迷惑組織になったのだ

『野良猫隊』(植木屋コマッキー、心優しいカトキチ、僕)は僕らを乗せてきた船とイタリアでしばしのお別れをした。
船が出港してしまうと、いきなり言いようのない寂しさと不安が襲ってきた。
まるで我が家が水平線の向こうへ消えていってしまうようで、「本当にこれでよかったのか?なにかトンデモないことを僕らはしでかそうとしているのではないか?」と急に足がすくんでしまったのだ。

イタリア電車の旅が始まった

イタリア電車の旅が始まった

僕らは反対を押し切り、半ば強引に下船し、イタリアを2週間旅してまわることにしたのだった。(前回はこちら
僕らの計画は「イタリアを旅をしてまわる」、ということだけで、船を見送ったあとにはじめて「さあどうするか?」となってしまったのだ。
イタリア最南端のマフィアの巣窟、シチリア島にいた僕たちは、とにかく本土へ移動しよう、ということになった。
港の近くのカターニア駅に着いたはいいが、当然今度は「さあどこいく?」ということになる。
観光ガイド本などを持っていない僕らは当時マラドーナが所属していたナポリというサッカーチームの名前を知っており、そのナポリがわりと近いことを知り、「じゃあナポリへ行こう!そしてナポリタンを食おう!」ということになったのだ。 続きを読む…

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SUPサーフィンならFUN WAVE

パドルを使うことでターンできる ~有本圭~

パドルを使うことでターンできる ~有本圭~

ここのところ地形がイマイチ良くない湘南辻堂。
ミドルが浅くてインサイドがやや深いという地形になっていて、ミドルでブレイクする波がインサイドで消えてしまうというサーフィンにはあまり適さない波になってしまっている。
そんな波質のときは、SUP(スタンドアップパドル)サーフィンなら結構楽しめちゃうのだ。

カラスのウンコーゲキを警戒 ~有本圭~

カラスのウンコーゲキを警戒 ~有本圭~

天気が良く、気持ちが良かったので嫁を誘ってビーチに下りた。
もちろん僕の右腕にはSUPが抱えられていた。 続きを読む…

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有本圭自伝『少年おじさん』第10話  エジプトで悪の契約

地球一周船の旅といったらまずまっさきにセレブたちの姿が思い浮かぶ。
人生に余裕がある者たちがカジノなどをしながら豪華で贅沢な船旅を楽しむ。
寄港地では現地のグルメを楽しみながら観光地を巡り、せっせとショッピングなどにいそしむ。
そんな『セレブ地球一周船旅』と対極にあったのが今から15年前に僕が経験した『庶民以下野良猫隊地球一周船旅』だった。(前回アフリカ編はこちら

僕を乗せたゴールデンオデッセイ号は7カ国目であるエジプトへ入港した。
エジプトといえば誰がなんと言おうと『ピラミッド』だ。
「エジプにトは行ったことあるけどピラミッドは見てないんよ」なんていうことになってしまったら孫の代まで嘲笑、非難、軽蔑、ありとあらゆる辱めを受けそうなので、とにかく僕ら『野良猫隊』(植木屋コマッキー、心優しいカトキチ)は、ポートモレスビー港からバスを使ってクフ王のピラミッドを目指した。

スフィンクスの後ろ側を観光バスが行き交わう

スフィンクスの後ろ側を観光バスが行き交わう

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