SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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有本圭自伝『少年おじさん』第9話 日本だったら大変な問題・・・

大型客船『ゴールデンオデッセイ号』に乗船してから3週間が過ぎようとしていた。
たった3週間の間で、おそらく1年以上の経験をしたように思えた。
なにしろ乗船翌日には彼女ができ、その3週間後にはその彼女から「ちょっと距離をおきましょ」と言われ、さらにその間に山ほど新しい友人知人ができ、そうこうしているうちに6カ国目であるアフリカ大陸のケニア、モンバサ港に入港したのだ。(前回はこちら

例のごとく『オプショナルツアー』(寄港地でのツアー)に参加してない僕ら(コマッキーとカトキチ)は船が港に着くとすぐにレンタカーを探した。
アフリカといえば、草原、草原と言えばサファリ、ということで、いつものように原チャリを借りてうろうろするというのはなんとも恐ろしい結果を招きそうだったので今回は車を借りることにしたのだ。

レンタカー屋で「4WDレンタカープリーズ」とお願いしてみたが、どうも反応がうすい。
「あんたら車借りてどこ行こうってんだい」
と険のある表情でケニアのおっちゃんが僕らをニランデきた。
「そりゃー、サファリだよ、草原を走って野生の王国を堪能するんだよ」
と僕らも反撃した。
しかし、なかなかそのおっちゃん首を縦にふらない。
ようは、「あんたら何にも知んない日本人が自分たちで車を運転して草原にワーっと入っていったらすぐにライオンなどの肉食動物のご馳走になるだけだからやめときな。とっとと船に帰んな。はい、けえったけえった」ということのようだった。

アフリカのケニアにまでやって来て、野生動物が危ないからといって、そのまますごすごと引き下がり、船に戻って安心して眠る、なんていう選択肢は僕らにはなかった。
なにがなんでもアフリカの大草原で『野生の王国』(昔、日曜日の夜にやっていた番組)を体験するんだ!、という強い意志をもってそのおっちゃんと交渉を重ねた結果、「ガイドをつけるなら行ってもよろしい」ということになった。
ちょっと割高にはなってしまったが背に腹はかえられない。

デニという名の、やはり表情に険がある僕らよりおそらくやや年長のガイドがついた。
アフリカ人というのは黙っているとやや恐ろしい感じがするのだが、ひと度仲良くなってしまうと人懐っこい子供のような笑顔をみせてくれた。

サファリ in ケニア ~左)カトキチ 右)少年おじさん~

サファリ in ケニア ~左)カトキチ 右)少年おじさん~

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有本圭自伝『少年おじさん』 第8話 フィッシュくんのくせに

ベトナムでのすったもんだの影響で一躍有名になってしまった僕。
まあ、あまりいいイメージで有名になったわけではなかったが、乗客の間での知名度が上がったのは間違いなかった。(前回はこちら

完全にスリランカ人化した有本圭 ~スリランカ~

完全にスリランカ人化した有本圭 ~スリランカ~

僕を乗せた船は順調にシンガポール、マレーシア、スリランカに立ち寄りつつ、徐々に赤道へと近付いていった。
船を下りるたびに、
「お、けいくん、ちゃんと時間どおりに帰ってこないとダメだよっ」
などと様々な人からイジラレたが、なんだか有名人になったようで悪い気はしなかった。

船での生活は実は案外単調で、毎日毎日同じところで食事をし、海を眺め、本を読み、同じ人たちと会話をする。
22歳だった僕にはエネルギーが有り余ってしまい、船内生活が2週間を過ぎたあたりからちょっと物足りなさを感じるようになってきてしまっていた。
乗船後、すぐに付き合い始めたMちゃんともなんとなくぎくしゃくし始めた。
まだ若かった僕にとって、毎日毎日特定の彼女と顔を合わすということが徐々になんとなく窮屈に感じ始めてしまったのだ。 続きを読む…

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有本圭自伝『少年おじさん』 第7話 銀河鉄道999かっ!?

ベトナムの地は甘くなかった。
ふにゃふにゃの日本社会で育った僕らが通用するような甘い場所ではなかった。
と、まあそんな風に書くと少々大げさなのだが、ベトナムで同行した植木屋コマッキーの運がなかっただけなのかもしれない。
昼めしを食っている隙にコマッキーのバイクがパンクさせられ、修理代をふんだくられ、そのうえ再びコマッキーが帰り道に人をはねてしまい、そこでも『お詫び賃』をもぎ取られ、まさしく『ケツの毛まで抜かれた』という状態になってしまったのだ。(前回はこちら

そんな事情で僕らは植木屋コマッキーの金欠状態に付き合う形でベトナムの夜は船に戻り、いつもの船室のベットにもぐり込むというなんとも味気なくも情けない夜を過ごすことになってしまったのだ。

「あ~あ、本当だったら今ごろフエに行ってるはずだったのにな~」

と嘆きつつ、停泊している船で翌朝を迎えた。
当然、船にはほとんど人影がない。
せっかく停泊しているのに船で泊るようなモノ好きはそうそういないのだ。

ダナンは人のエネルギーが溢れていた

ダナンは人のエネルギーが溢れていた

僕は植木屋コマッキーを見捨てるわけにもいかず、心優しいカトキチと3人で港町ダナンを探検することにした。
もちろん食事中も目の届く場所にバイクをとめ、運転は人をひいたりしないように、僕らは慎重に行動を重ねていった。

いろいろな事があったが、僕のベトナムに対する印象は決して悪いものではなかった。
ベトナムの人たちは人なつっこく、親切な人が多かった。
もちろん日本に比べると治安が悪い部分もあるが、それは世界のどの国に行っても同じことなのだ。 続きを読む…

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なかなか上がってこない水温

Hang Ten! ~有本圭~

Hang Ten! ~有本圭~


極寒だった冬の影響なのか、今年はなかなか水温が上がってこない。
4月の後半だというのに5mmのウェットスーツが手放せないでいる。
このままいくと3mmのジャージフルスーツへの衣替えはゴールデンウィーク以降になってしまいそうな勢いなのです。 続きを読む…

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有本圭自伝『少年おじさん』 第6話 『野良猫隊』はベトナムで・・・

1994年、6月9日に動機不純な僕を乗せたゴールデンオデッセイ号は竹芝桟橋を出港し、12日に石垣島、14日に香港へと立ち寄り、次なる寄港地ベトナムへ向けて順調な航海を進めていた。

僕はといえば、その間ちゃっかりMちゃんという永作博美似のカワイイ彼女が船内にできてしまい、すこぶるハッピーな船ライフを楽しんでいた。(前回はこちら

香港を過ぎたあたりから、航路は完全なる『夏地帯』に入ったらしく、デッキにいるときはひたすら海パンで過ごし、洋服の出番はほとんど無くなっていった。
日が経つにつれて、船内でも知り合いが増えてきて、人間関係も複雑になってきだした。
僕とMちゃんの関係については、僕たちがもともと付き合っていて、2人でこの船旅に参加していると思っている人が多かった。
それもそのはずである。
乗船2日目から僕とMちゃんはほぼ一緒に時を過ごしているわけだから、周囲にはそう映ったのも無理はない。
事情を説明すると皆一様に驚き、おののき、そして最後には称賛を与えてくれた。

「君、やるねー」
「すごいね、電光石火だね」

などなど。

まあ、今となってはとても自慢できるようなことではないのだが、当時はそれなりに優越感に浸ってしまっていたのだ。 続きを読む…

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熱い海だぞ熱海! SUP in 熱海

桜満開、春本番、心トキメク出会いの季節にサーフィン界の重鎮ドジ井坂さんと熱海の海をSUP(スタンドアップパドル)でクルージングしよう、という計画を企てていた。(今朝の波の様子はこちら

朝、湘南の海を見た瞬間、これは熱海行きを延期にしたほうがいいのでは?と思うくらい海面がオンショアの影響で荒れてしまっていた。
僕はすかさずドジさんに電話し、
「大丈夫ですかね、この風、他の日にしたほうがいいんじゃないですかねー」
「大丈夫大丈夫。南西風はね、熱海は大丈夫なの。崖が風をさえぎってくれるから。」
ドジ井坂さんは僕にとって海の先生。
『海のことならドジさんに聞け』という格言があるくらいなのだ(僕の中で勝手にですが)
ドジさんが言うことに間違いがあるはずがない、と信じ、僕たちはSUP(スタンドアップパドル)を車に積み込んで、オンショア吹き荒れる湘南を後にした。

面ピタだー。恐るべし熱海

面ピタだー。恐るべし熱海

西湘バイパスを下り、小田原を過ぎるあたりから海面がフラットになり、SUPにはもってこいのコンディションになってきた。
ドジさんは「どうだ!」と言わんばかりだったので、僕は「参りました!」と言わんばかりだった。 続きを読む…

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有本圭自伝『少年おじさん』 第5話 セレブ気分で最初の寄港地 石垣島へ

360度どこを見ても海。
真っ青な空、光輝く海、時折真っ白な海鳥が僕らを乗せている船に休息をとりにきたりする。
頬をなでる風が心地いい。
潮をたっぷり含んだ風に長く当たると、体がベタついてくる。
それを洗い流すようにプールに飛び込む。
小さなプールだが、世界で一番眺めがいい。
何しろまわりは一面美しい海。
デッキにて。 このデレデレな笑顔。どうしようもないっ

デッキにて。 このデレデレな笑顔。どうしようもないっ

時は1994年6月9日。
梅雨前の日本を『ゴールデンオデッセイ号』は動機不純な僕を乗せていよいよ出航した。(前回はこちら
2日目の朝。
薄暗い船底の部屋で目を覚ますと、すぐにデッキへと上がった。
朝食はビュッフェスタイルで、デッキでとるのだ。
『カリプソバンド』という中南米の人たちで構成されているバンドが心地の良いサウンドを演奏してくれて、気分を盛り上げてくれる。
完全にセレブ気分。
寝ぼけた僕には少々元気の良すぎる太陽が朝からサンサンと照りつけていた。
パンとスクランブルエッグ、オレンジジュースを選んで、空いている席を探してまわった。 続きを読む…

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やっぱり海はサーファーを笑顔にするのだ

1日中サーフィンしたのは本当に久しぶり

1日中サーフィンしたのは本当に久しぶり

東日本大震災後、サーフィン自粛を解除したとはいえ、なんとなく後ろめたい気持ちで海に入っていた。

先日、『SWP支援隊』の活動で仙台のサーフショップ『マティーズ』の星さんの言葉で、何か吹っ切れるものがあった。(その言葉はこちら
その言葉を聞けて、「次に海に入るときは思いっきり楽しもう」と心に決めたのだ。
後ろめたい気持ちを持ちながら、なんとなく重いものを引きづりつつ海に入っても仕方がない、そう思えたのだ。 続きを読む…

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有本圭自伝『少年おじさん』 第4話 不純な旅が始まった

1994年6月9日。
その日は僕の人生にとって特別な日だ。
念願叶って、地球一周クルーズへの文字通り船出となった日なのだ。
出発地である竹芝桟橋の待合室から大きな荷物を2つ抱えて船のタラップを昇って行くときの光景は今でも昨日のことのように思い出される。
僕は完全に舞い上がっていた。(前回まではこちら

まんまと船に乗り込んだ有本圭

まんまと船に乗り込んだ有本圭

タラップを上がるとその船のキャプテンやクルーたちが笑顔で僕のことを迎えてくれた。
まるでセレブになったような気分だった。
昨日まで、昼間は地べたを這いつくばりながらピースボートのボランティアスタッフ(以下ボラスタ)としてこの地球一周クルーズのビラ配りやポスター貼りをし、夜は新宿歌舞伎町のバーで雑用の一切をしていた僕が、いきなり豪華客船の乗客になった瞬間だった。
人生の深い深いボトムターンから一気に駆け上がったような錯覚に陥った。
客船の名前は『ゴールデンオデッセイ号』。
名前からしても豪華なのだ。
「俺もヤンエグの仲間入りか」などとつぶやきつつ胸を張った。
因みに『ヤンエグ』とは『ヤング・エグゼクティブ』の略で、今風に言うと『ヤングなセレブ』みたいなものだ。 続きを読む…

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有本圭自伝『少年おじさん』  第2話 人生が動きだした電話

思い返してみると、まったくひょんなことから人生というのは大きく動いていく。
僕は21歳になっていた。
特になんの目標も、夢もなく、ただ、親のスネをかじりながら日々『楽しいこと』を探しまわるという自堕落な生活を送っていた。

そんなある日曜日のできごとである。
朝陽というにはちょっと遅すぎる時間だったが、初冬のまだ暖かさを残している日差しが我が家のリビングに降り注いでいた。
日曜日にだけ休みを取る父親も、パジャマ姿のままソファでのんびりと朝日新聞を眺めていた。
僕は寝ぼけ眼のままテーブルの上に置いてあった日刊スポーツに手を伸ばした。

例のごとく僕の嫌いな巨人の選手が一面を飾っていた。
今年もどうやら巨人が強いようだ。
僕の応援している広島カープは1991年の優勝を最後に低迷していた。
貧乏球団というハンデを抱えながら、必死に戦っている姿に惹かれ、4歳の時からの熱狂的なカープファンなったのだ。

少年時代からきっちりカープファンの有本圭

少年時代からきっちりカープファンの有本圭

そんなカープに引き替え、金の力にものを言わせ、一流選手を買いあさっている巨人には激しい対抗心を燃やしていたのだ。
当然、今朝の新聞でも巨人が大きく取り上げられている一面、二面はパスし、三面の片隅に申し訳程度に載っているカープの試合結果を入念にチェックしていた。
試合に負けていても、誰が何打数何安打だったか、など細かくチェックするのが習慣になっていた。
そんな風に、いつもの平和な休日の朝を過ごしていた。 続きを読む…

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