SWP | 365日、海! サーフィンと海遊びのブログマガジン

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前進のための後退

湘南時代をともに過ごした仲間

湘南時代をともに過ごした仲間


今から約25年前。
当時のボクは海と共に生きることを決意して何のツテもなかった湘南へと移り住むことを決意した。
パチンコ屋さんの住み込みのアルバイトに潜り込み、ひょんなことから辻堂海岸に程近いサーフショップに転がりこんだことがきっかけとなり、運命がゴロリと動き出した。
それまではただガムシャラにやっていたサーフィンだったが、辻堂のローカルコミュニティに強制的にブチ込まれたことで多くのことを学ぶことになった。
それこそサーフィンのイロハを学んだのだ。
東京で生まれ育ったボクにとっては目に映るもの感じるもの全てが新鮮だった。
そして自然とローカリズムについても理解を深めていった。
それまで触れたことのなかったサーフカルチャーに身も心もすっかり染まっていったのだった。

先日の帰国時にサーファーとしての駆け出しの時期を湘南で共に過ごした仲間たちと集まる機会を得ることができた。
場所は藤沢駅のほど近く、TIKIZ(ティキーズ)というハワイアンレストラン&バー。
そこのオーナーのヒデがまさにその当時を共に過ごした仲間のうちの一人だった。
>> 次のページは >> 次の一歩を見極めるために

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tikizひでの『まさか俺が??』

ヒデはやっぱりハワイが良く似合う

ヒデはやっぱりハワイが良く似合う


5月31日午後10時くらい、突然突き刺すような痛みが腹部に走った。
同時に頭が割れるように痛い。
疲れでもたまっているんじゃないかと思い、仕事の後ゆっくり家で休むことにした。(前回はこちら
翌日、またもや同じ時間に同じ症状が出た。
これはなんかの食べ物にでも当たったのか、それともなかったら疲れから体調を崩しているのか、体を休める必要がありそうだ。

週末に入り、お店は忙しさを増してきたが体調は思わしくない。
そして夜の10時くらいになると症状が一気に悪化してくる。
尋常でない痛みだ。
これはもしかしたら何かの病気なのかもしれないと思い始めた。
しかし、今お店を休むわけにはいかない。
俺が抜けたら店がまわらなくなるのは目に見えているのだ。

週が明けて月曜日。
いよいよ我慢ならないほどの痛みに襲われた。
痛みがでてくる頻度も上がってきている。
近所の病院に脂汗流しながら行ってみた。

「これは大変だ。すぐに市民病院に行ってください。ここではこれ以上診れないので」

>> 次のページは >> タダゴトではないぞっ

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第3章1話 tikiz物語 〜 新たなる1ページが ~ 

ALOHA!!
tikizヒデです。
第3章が始まったのです。
これからもtikiz宜しくお願いします。
それではどうぞ!


早いものでtikizがオープンしてから5年が過ぎた。
2006年、tikizがオープンしてから約半年は大盛況の毎日で寝る暇もないほど多忙な日々を送った。
来る日も来る日も満席で、このまま大成功するんじゃないか、と確信し始めていた。
しかし、11月に入り、リーマンショックが起きたころからお店の売上が急降下していった。
最初はリーマンショックの影響で一時的なものだとタカをくくっていた。
しかし年が明けてもまったく客足が戻ってこなかった。

オープン当時のtikiz

オープン当時のtikiz


それから数ヶ月後、オープン1年を迎える前にtikizは閉店の危機に直面していた。
このまま売上が上がらなければスタッフたちの給料すら払えない状況だった。
不安で不安で夜はほとんど眠ることができなかった。
お客さんの来ないお店にいることはこの上ない苦痛だった。
なんとかしたいという思いが焦りに変わりどんどん空回りしていった。

>> 次のページ >> さあどうするヒデ!!

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第2章15話 tikiz物語 ~ 一寸先は闇だった ~ 

2006年秋、あざみ野に越してきて約1年が経っていた。
店長になり、お店は一時期の低迷から抜け出すことに成功し、軌道に乗り始めてきていた。
少しずつ心に余裕が生まれ始めた俺は密かに湘南に戻る計画を立て始めていた。

当時プロサーファーとして現役で活躍していた圭君(有本圭プロ)と『FLOW FREE SURF MEET』というサーフクラブを結成しており、海の仲間がたくさんできていたこともあってやはり海へと戻りたくなっていたのだ。
圭君が辻堂に住んでいたのもあり、休みのたびに辻堂の海でサーフィンを楽しむことが多かった。

仕事で一定の結果を残し、精神的にも経済的にも多少の余裕を感じ始めていたこの時期にかねてから望んでいた結婚を切り出そうと決心した。
結婚生活は湘南に戻って新たなるスタートを切りたいと思っていた俺はEちゃんと結婚の約束をする前にまずは環境を整えようと、湘南に物件を探し始めた。
ちゃんと形を作ってから伝えたいと思ったのだ。

ボロだけど妙に気に入ってしまったのだ

ボロだけど妙に気に入ってしまったのだ


1軒目に入った不動産屋で茅ケ崎の海近くで俺の大好きな中華料理屋『大新』の裏のボロアパートを見つけた。
ボロだけど改造すればいくらでも良くなりそうな印象だった。
俺は元来、完成されている部屋に住むより自分で手を加えていける部屋の方が好きなのだ。
家賃も安いし、広さもそこそこあったし、海も近い。
俺は迷わずそこを借りることにした。

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第2章13話 tikiz物語  ~ようやくスタート地点に立った~ 

日本の生活にも徐々に慣れてきていた。
でも何か満たされない思いもあった。
自分がハワイで吸収してきたことを出しきれていないことに苛立ちを覚え始めていた。(前回はこちら

ハワイらしくも高級感のある店内

ハワイらしくも高級感のある店内

そんなある日のこと。
友人と恵比寿にあるハワイアンレストラン『Tsunami』に行くことになった。
あまり期待していなかったその店は、日本に帰ってきてから行った他のハワイアンレストランと比べてみると、本物のハワイアンの雰囲気を上手く表現できている店だった。
料理も美味しくて、日本人用にうまくアレンジされていた。
直感的に「この店いいな」と思った俺は、考えるより先にそのお店のウェイトレスに、

「このお店ってスタッフの募集してませんか? 厨房が希望なんですけど」

と言葉を発していた。

「ちょっとお待ちください。上の者に聞いて参りますので」

とそのウェイトレスが言い残しカウンターの奥に姿を消した。

その当時勤めていたハワイアンレストランはアルバイト契約だった。
そろそろ社員としてちゃんと仕事をしたい、という思いが強まっていたことがそのような衝動的な行動となったのだろう。

「お待たせしました。 面接をしたいとのことですので連絡先を伺ってもよろしいですか」

さっきのウェイトレスがメモ用紙を渡してきたので名前と連絡先を書いて渡した。
面接にさえなれば採用される自信はあった。
何しろ俺は本場で修行を積んできたのだから。

数日後、連絡が入り、面接の日がやってきた。
面接官は『Tsunami』の社長だった。
履歴書を渡し、それをざあっと眺めていた社長が明らかにぐっと身を乗り出してその眼差しが真剣なものに変わった。

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